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懐石料理の心得に満ちる小さな割烹 荻窪「有いち」|マッキー牧元の「行かねば損する東京の和食」

1年間の外食数は600軒以上。高級店からB級までをくまなく知り尽くすタベアルキスト、マッキー牧元さん。食べ歩きのプロ中のプロに、今行くべき東京の和食店を教えてもらいます。

ご主人の真心が伝わる、最初の熱い汁

しじみの汁が、小ぶりの筒茶碗に入れて出される。
熱々をそろりと飲めば、舌が伸び、喉が開き、しじみの滋養が体の隅々まで行き渡ってゆく。外を歩いて疲れきった味覚が、目覚める。
「有いち」では、必ず最初に、熱い汁が供される。そこには、「お疲れ様でした」というねぎらいの言葉と、体においしい料理を迎える準備を整えて欲しいという、ご主人の樋口孝太郎氏の思いが込められている。

地味な皿に宿る、完璧な仕事

ある日この店で、「インゲンと牛蒡の胡桃和え」を食べて心打たれたことがある。

地味な皿である。しかし、ひとたび口に入れると、胡桃の香りの高さと品の良さに、顔が崩れた。胡桃を、丹念に、時間をかけてあたった結実である。そこに、茹で置きではないインゲンのみずみずしさと牛蒡の土臭さが加わり、一つの宇宙が出来上がる。同寸に揃えられた牛蒡やインゲンの口当たりも良く、さりげない小鉢に注がれた誠実に、心が緩む。こういう料理こそを、「仕事がしてある」という。

食材に貴賎なし。日常をご馳走に変えるのが日本料理

「有いち」には、食材と自分の仕事、お客さんに対して、真摯に向き合った「仕事」がある。それは、先のしじみ汁にしてもそうであり、続いて出された芹のおひたしも、爽やかな香りに満ちて、喉を清めてくれる。出かけたのは4月の中旬である。二皿目は「わらび豆腐」であった。じんわりと春が忍び寄る。このじんわりが大事で、これ見よがしではない味に収めている品が、より季節を感じさせるのである。

褒めると、
「高い食材は使えないので、蕨でいきました」と、ご主人は謙遜された。いや、食材に貴賎はない。高級だからといって、おいしいとは限らない。こうして日常をご馳走に変えることこそが、日本料理だと思う。

酒呑みを喜ばせる、お酒のための一皿

お造りは、舞鶴のひらまさ、江戸前のマコガレイ、淡路の白いかに締めさばで、どれも質が高い。特にヒラマサは、噛めばクリッと身が弾み、ほの甘い春の香りが漂う。

ここで酒を燗酒に変えた。すると、盃が温められている。さらには、「燗酒をご注文いただいたので、田楽を」と、焼いたタタミイワシに載せた大根の田楽味噌がけが出された。

「お酒を頼まれる方には、何かしらの一品をお出しするようにしています」

それも田楽だけを出すのではなく、「タタミイワシに載せて、しばらく楽しんでくださいね」という心遣いが、酒呑みには嬉しい。田楽味噌には牡蠣を練りこんでいるということで、味噌の旨みの後から深い旨みが追いかけて、酒を呑ませる。

もう一つ。木の芽が一枚ずつバラされている。どの店でも木の芽は、そのまま飾られる。そのまま食べてもいいのだが、それでは木の芽の楽しみが一回で終わってしまう。そのため、僕はいつも自分で葉をバラバラにしてかけていた。そこを読み取って、こうした形にしてくれたのである。

最後には、一流蕎麦屋にも劣らぬ手打ち蕎麦を

田楽味噌で盃を傾けて目を細めていると、八寸が運ばれた。玉子豆腐、ノビルとウドのぬた、グリーンアスパラ、ナマコの酢の物、木の芽あえしらす、バイ貝山椒煮、稚鮎風干し、あん肝、からすみ、車海老という布陣である。さあ、どれから食べようか。丁寧な仕事が行き届いた一品一品に笑う。これじゃあまた燗酒お代わりだな。

続いて、椀物は、若竹とバチコ。焼き物は、鯛の漬け焼と運ばれた。椀のつゆはどこまでも丸く、心を落ち着かせる。そして、鯛を塩焼きではなく、漬け焼きにするのは珍しいが、こうして虐めてやることによって、鯛のたくましさが生きることを心得た仕事である。

ご飯は、筍姫皮ご飯だった。筍本体を使った炊き込みご飯はおいしい。しかし、繊細な姫皮の柔い甘みとご飯の甘みが優しく抱き合うこのご飯には、優美さがある。春の気配とは、そういうものだという風情がある。味付けも姫皮を尊重して淡く、しみじみとおいしい。

さあ、締めはまだもう一つある。ご主人自らが打った蕎麦である。今回は、「冷やかけ」で出していただいた。何度もいただいているが、蕎麦もつゆも都内一流の蕎麦屋と比べても遜色ない。冷やかけで喉が清涼となった。

懐石料理の心得は、旬のものを使う。味を生かす。食べる相手のことを考えるという三つと言われる。この小さな割烹には、都心の割烹でもなかなか出合えぬその心得に満ちている。

マッキー牧元

マッキー牧元

1955年東京出身。㈱味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。日本国内、海外を、年間600食ほど食べ歩き、雑誌、テレビなどで食情報を発信。「味の手帖」「朝日新聞WEB」「料理王国」「食楽」他連載多数。三越日本橋街大学講師、日本鍋奉行協会顧問。最新刊は「出世酒場」集英社刊。

有いちユウイチ

都内の蕎麦屋や割烹などで修業した樋口孝太郎氏が営む割烹。カウンター席とテーブル席がある。荻窪という土地柄、年配の食通や粋人が多く、お客にも鍛えられて、年々料理が研ぎ澄まされていく。通常はコースとアラカルトの両方だが、コロナ対策時期は昼営業もし、コースのみとなっている。夜のコース料金は、ミニコースが4,180円、軽めのコースが7,150円。紹介した季節のコースが8,690円。要予約。 *すべて税込。

住所:
東京都杉並区上荻1-6-10
TEL:
03-3392-4578
アクセス:
JR・東京メトロ荻窪駅より徒歩1分
営業時間:
17:30~21:30(L.O) ※営業時間は変更になる場合があります。
定休日:
日曜
支払い方法:
カード可 (JCB、AMEX、Diners)
URL:
https://www.facebook.com/pages/%E6%9C%89%E3%81%84%E3%81%A1/116203428466118

更新: 2021年4月22日

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