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悩みに悩むカタカナメニュー。根岸「レストラン香味屋(かみや)」|マッキー牧元の「行かねば損する東京の和食」

1年間の外食数は600軒以上。高級店からB級までをくまなく知り尽くすタベアルキスト、マッキー牧元さん。食べ歩きのプロ中のプロに、今行くべき東京の和食店を教えてもらいます。

「レストラン 香味屋」

創業大正14年の老舗洋食店。かつて、日本人がフランス料理を取り入れながら、ご飯に合うご馳走に改良していった叡智を今に残す。メニュー選びは悩むが、「スペシャル洋食弁当」という手もある。ぎっしりと詰められた洋食の一品一品には、的確な仕事を施した味わいがあって、胸を弾ませる。コンビネーションサラダ、タンシチュー、さらには裏メニューで豚生姜焼、秋の松茸のフライもおすすめ。

“洋食”とは、ご飯に合うように工夫された“和食”

洋食とは、和食である。

そう聞くと、今の人は不思議に思うかもしれない。しかし、我々日本人が明治時代から親しんできた“洋食”という料理は、日本にしかない。西洋料理を、いかにご飯に合うおかずにするか工夫されて生まれた、食文化なのである。

この“白いご飯に合う”というところがミソで、当然ながら西洋にこの発想はない。それゆえに、カキフライもオムライスも、メンチカツもタンシチューも、ポークカツレツもタマゴサンドも、アメリカから入って来た変化したナポリタンも、海外にはない。あったとしても、日本から輸入された食文化である。ぼくは、洋食こそ日本の食文化の許容性と柔軟性を兼ね備えた、和食だと思う。

食欲をわしづかみする、下町の洋食屋さん。「レストラン 香味屋」

「香味屋」は、そんな洋食文化を今に担う老舗である。この店に出かけ、メニューを開くと、いつも悩みに悩む。

季節の前菜、名物のメンチカツにフライ類やハンバーグにポークソテー、グラタンにオムライス、ナポリタンにサンドイッチ類と、洋食のスターたちが並んで、「さあ、どれを食べる?」と誘ってくる。

たとえば、オムライスを頼むとしよう。ケチャップもかからず、シワ一つない美しき姿に目を細めたら、そっと柔肌に手を乗せる。できることなら頬ずりをして、君の命のぬくもりを確かめたい。スプーンを入れる瞬間、小さな声で「ごめんね」というのは、僕だけだろうか。割れた肌から、オレンジ色のチキンライスが見えた瞬間に、歓喜のため息を漏らすのは、僕だけだろうか。食べ進むごとに、ときめくのは僕だけだろうか。そこには、品のある味つけのチキンライスと一体になろうという思いやりがある。そこには、春の陽だまりのような優しさと温もりがあって、幸せが忍び寄る。

半分ほど食べたら、ウースターソースをライス部分にちょいとかけりゃ、旨みが膨らみ、下手の迫力が加わって、さらに食欲をわしづかみにする。

ポークソテーにナポリタン。表情緩みっぱなしのメニューのオンパレード

あるいは、チキンレバーソテーもいい。

甘みと鉄分に富む、香ばしいレバーは、酒の肴にしたい。艶やかなデミグラスソースがかけられたポークソテーは、肉汁とソースが溶け合う時間がたまらない。端正なお姿をしたカキフライは、細やかな衣が割れた瞬間に、中からたっぷりと海の滋養がこぼれ出る。ハヤシライスのソースは艶が深く、輝き、粒が際立った素晴らしく美味しいご飯にかければ、ソースとご飯の艶が合わさり、その美しさにうっとりとなる。まず甘みが広がり旨みが来て、ほのかな酸味と苦味を感じ、ワイン香も含んだ深みのある香りが立ち上る。昔ながらにやや甘めながら、味に切れがあって、ご飯となじみ、スプーンを持つ手を加速させる。たっぷりと十切れ以上は入った肉は、軟らかく優しい肉の味が広がる。

金縁の白い深皿に入れて出される「ナポリタン」は、金赤色に染まった中細麺に、ソースが下に溜まることないほど良き量で、満遍なくからんでいる。食べればケチャップの甘みが広がるけど、決してくどくなく、優しい味わいで心が温まる。たっぷり入った厚切りのマッシュルーム、極細ピーマン、薄切りの玉ねぎ、上等なエビという具の布陣もいい。丁寧な仕事が光るその味には、ナポリタンがご馳走だった時代の輝きを感じる。

その他、カリリと細かい衣が弾けると、牛肉の滋味が中から溢れ出てくるビーフカツ。

ホワイトソースの優しい旨みを堪能するグラタンの、ところどころに茶色く焦げた香ばしく、艶めいた、“人跡未踏の大地”にフォークを入れる。もうそれだけで胸がときめくのに、乳白色のホワイトソースをまとったマカロニが現れて、少し気が遠くなる。

メンチカツは、ナイフを入れると透明な肉汁が飛び出して、マッシュルーム入りのデミグラスソースと入り交じる。その姿を見て、肉汁を逃すものかとあわてて口に運べば、牛の香りが広がって、甘い肉汁が溢れ出す。ほどよく配分された牛肉と豚肉の滋味は、最後の一噛みまで途切れることがない。

艶やかなマッシュルームの薄切り入りデミグラスソースがかけられた姿に、思わず食欲をそそられる「ポークソテー」には、噛みしめる喜びがある。

とろける優しい甘み。官能のタマゴサンド

そして愛してやまない「タマゴサンド」も、忘れてはいけない。

口に近づければ、良質なバターの香りが鼻をくすぐって、「ああっ」と言葉を漏らす。歯は、温かいパンにふわりと包まれ、その幸せに目を細めていると、タマゴが現れる。歯の圧力で押し出されたタマゴが、とろとろと舌に広がっていく。バターのコクを抱いた黄身の優しい甘みがとろとろと溶けていく。もしかするとタマゴは、割られて火が入り、固められてしまったことを、まだ知らないのかもしれない。そう思わせるほど、官能的な食感がある。それはシェフが、火加減に気を配り、慎重にかき回して生まれた官能であり、タマゴへの限りなき愛が、姿になっているのである。

これら料理はすべて、食材の質を吟味し、手間ひまを惜しまない、創業95年来の仕事が生んだ、誠実さである。かつてこの上ないご馳走であった、古き良き洋食の挟持を受け継ぐ、品徳である。そして、食べるほどに洋食の贅沢とは、職人の心意気であることを知るのである。

マッキー牧元

マッキー牧元

1955年東京出身。㈱味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。日本国内、海外を、年間600食ほど食べ歩き、雑誌、テレビなどで食情報を発信。「味の手帖」「朝日新聞WEB」「料理王国」「食楽」他連載多数。三越日本橋街大学講師、日本鍋奉行協会顧問。最新刊は「出世酒場」集英社刊。

香味屋かみや

住所:
東京都台東区根岸3-18-18
TEL:
03-3873-2116
アクセス:
東京メトロ日比谷線入谷駅三ノ輪口(4番)より徒歩5分、JR鶯谷駅から徒歩10分
営業時間:
11:30〜22:00(L.O.20:30)
定休日:
水曜日(祝日の場合は翌日木曜日、もしくは前日火曜日)
支払い方法:
各種クレジットカード可(VISA、MASTER、JCB、AMEX、Diners)
URL:
http://www.kami-ya.co.jp/

更新: 2020年4月1日

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