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忘我の境に誘う極上の定食 上野「ぽん多本家」|マッキー牧元の「行かねば損する東京の和食」

1年間の外食数は600軒以上。高級店からB級までをくまなく知り尽くすタベアルキスト、マッキー牧元さん。食べ歩きのプロ中のプロに、今行くべき東京の和食店を教えてもらいます。

ぽん多本家

創業明治38年の東京を代表する名店。上野とんかつ御三家の一軒として知られるが、とんかつだけでなく、各種魚介のフライ、タンシチューにビーフシチュー、そして蛤バター焼きにポークソテーと逸品がそろう。古き良き時代の手間暇をかけた丁寧な仕事が随所に光る、日本最高の定食屋である。フライ料理に使う揚げ油は、少量のヘットをまぜた自家製ラードで、「あの店は油がいい」と食通が評価していた明治大正時代の仕事を忠実に守り続けている。しかし一方で、伝統や現状に慢心していない。たとえば、今の肉は昔の肉に比べてコクと香りが薄くなったため、スープをとる時にすね肉を加え、ワインも控えめにしている。こうして日々の仕事を点検し、よりおいしく出来る方法はないかと、常に明日を考える。これこそが、伝統を守ることなのである。

崇高な姿に見惚れてしまう、エレガントなタンシチュー

何度も食べているが、出されるたびに息を吞み、動けなくなってしまう。
「ぽん多本家」の「タンシチュー」には、そんな神々しい美しさが宿っている。「タンシチュー」を目の前にして、フォークとナイフを取ることも忘れ、しばし見惚れてしまう。我に返り、タンのかたまりに、ナイフを入れれば、力など入れることもなく、すうっとナイフが肉に吸いこまれていく。

人の影を感じさせない究極な料理の姿

忘我の境に入ること間違いなしの絶品タンシチュー。4,320円(税込)

そうっと口に運べば、舌の上でほろりと崩れ、甘い滋味が滴り落ちる。肉のエキスが、噛むごと滲み出る。エキスと、酸味や甘み、旨みが丸くなったソースが出会い、なめらかに舌を過ぎてゆく。

「ぽん多」のシチューは、自然である。

圧倒的なうまさがありながら、わざとらしさが微塵もない。人間の影がない。「どうだうまいだろう?」という押しつけがなく、角が丸く、自然体で、毅然たる気品が漂っている。酸味や甘み、旨みが、自然界に存在しているもののような優しさで、なめらかに舌を包み込む。ソースとタンが抱き合い、完璧な一つとなって喉に落ちかかる刹那、蠱惑的な香りが広がって、胸が切なくなる。

毎日毎日手塩にかけて、出来上がるまで3週間

この味は明治38年、宮内庁の料理人から転身した初代が作り出した味である。ありあまる時間が流れていた時代の、手間を惜しむことのない、料理である。なにしろ出来上がりまで、3週間近くもかかっている。

2週間、毎日粉を炒め、肉を茹で、スープをとり、肉を冷やし固めて掃除し、再び温め、スープとルゥを合わせるのに、4日間をかける。一番の手間は、ルウだという。バターと粉を合わせ、万遍なく混じり、均等に火が入るよう、1ミリ間隔でしゃもじを動かし、炒めていく。炒め足りないと重くなり、炒めすぎると秒間隔で火が入って苦くなる。

「うちはご飯にあう洋食だから、絶対に苦くしちゃいけない」

4代目の店主・島田良彦さんは、先代から幾度となく、諭されたという。毎日30分ほど炒め、これ以上火が入っては苦くなるという瞬間を見極め、火を止める。そして一晩落ちつかせる。

この、火を止めるタイミングが難しいのだという。

「粉の艶を見ろ。蛍光灯の下でなく、お天道さんの光で見てみな」

わからない時は、そうしろと父より教えられた。代を継ぎ、合点がいくまで、10年かかったという。この手間と時間があってこそ生まれる、自然な品格なのである。

100年の味をつなぐ4代目の誇り

「丁寧にやれ、手を抜くなと、毎日叱られました」

父親の教えを語る島田さんの瞳には、100年の味をつなぐ者としての、並々ならぬ覚悟が燃えていた。

丁寧な仕事とはすなわち、誠実の味である。島田さんだけではない、無駄口を一切きかず、一心に厨房で働く弟さんや先代からの番頭さん、そして気配りがい行き届いたサービス担当のご家族の皆さんが、「誠実」という心を一つにして、ひたすら料理を作り、サービスをされている。その姿こそ、かつて日本の多くの職人が持ちえていた、誇りなのではないだろうか。

なくてはならない品格のあるご飯、お新香、味噌汁

そして、その誠実が顕著に現れているのが、ご飯、お新香、味噌汁である。いくらおかずがおいしくとも、この三者がきちんと整っていなければ、一気に興ざめしてしまう。三者は和定食の支柱であり、日本料理の哲学である。光り輝くご飯は、一粒一粒が際立って甘く香り、豊かな気分を運んでくる。なめこの味噌汁は豊かな香りで鼻をくすぐり、笑顔を呼ぶ。そしてお新香は、ぬか漬けが自家製なのはもちろん、沢庵も自身で作られている。毎冬毎冬、何樽も仕込むのだという。今、日本には多くの和食屋があるが、自家製沢庵を出しているところは、いくつあるのだろうか。「ぽん多」のご飯、味噌汁、お新香には、日本食としての真っ当を貫いた品格があって、清々しい。

天ぷら屋も驚く上質な素材を、自家製ラードで揚げる!

料理はシチューだけでなく、フライも極上である。こちらも毎日、1時間かけて、ラードを仕込む。自家製ラードを使って揚げられたフライ類は、甘い香りをまとって、幸福を連れてくる。しかも素材は超一流、高級天ぷら屋が真っ青になるくらいの、魚を吟味している。箸を入れれば、ふわりと甘い湯気が顔を包んで目を閉じる、「キスフライ」。大星と呼ばれる大振りな小柱を、十数個まとめて小さな円盤状に形作り、一つ一つの中心がレアになるよう、短時間で揚げる「柱フライ」を食べれば、貝特有の甘いエキスがこぼれ出る。ミルキーなやさしい海の滋味を、たっぷりと味わえる、見事な大きさの牡蠣を使った、「カキフライ」。 中心をほんのりレアに揚げた、ねっとりとした食感が魅力的な「イカフライ」。 余分な水分とクセが抜け、甘みが増した魚と、ラードによるコクのある衣がおいしさを高めあう、これぞ「ぽん多」のフライの醍醐味である。

世界に誇る日本の財産、「ぽん多本家」

ネットを見ると「高価」という評価が目を引く。確かに値段だけ見れば高価だろう。しかし、数々の店を食べ歩いた僕は、断言したい。

この店の価格は、「安い」のである。

食材の質の高さ、丁寧な手間のかけ方、込められし誠実を考えれば、恐ろしいほどに安い。東京に住んでいて、この店に出かけたことがない人がいたら、今すぐ出かけてほしい。「ぽん多本家」は、東京が誇る、いや日本が世界に誇ることができる財産なのであるから。

マッキー牧元

マッキー牧元

1955年東京出身。㈱味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。日本国内、海外を、年間600食ほど食べ歩き、雑誌、テレビなどで食情報を発信。「味の手帖」「朝日新聞WEB」「料理王国」「食楽」他連載多数。三越日本橋街大学講師、日本鍋奉行協会顧問。最新刊は「出世酒場」集英社刊。

ぽん多本家

住所:
東京都台東区上野3-23-3
TEL:
03-3831-2351
アクセス:
東京メトロ銀座線上野広小路駅より徒歩1分、JR山手線・京浜東北線御徒町駅(南口)より徒歩2分、都営地下鉄大江戸線上野御徒町駅より徒歩3分、東京メトロ日比谷線 仲御徒町駅より徒歩4分、東京メトロ千代田線湯島駅より徒歩5分
営業時間:
[火~土] ランチ11:00~14:00(L.O.13:45)、ディナー16:30~20:00(L.O.19:45) [日・祝] ランチ11:00~14:00(L.O.13:45)、ディナー16:00~20:00(L.O.19:45)
定休日:
月曜日
支払い方法:
クレジットカード可(Diners、JCB、AMEX、VISA、MASTER)

更新: 2019年3月27日

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