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食に携わる注目の人物をインタビュー

シェフの必需品| 銀座「ESqUISSE」 リオネル・ベカ シェフ

グルメシーンを牽引するシェフが、料理を作るうえで欠かせない食材や道具を紹介する連載「シェフの必需品」。今回訪れたのは、8年連続でミシュラン二つ星を獲得するフレンチの名店「ESqUISSE(エスキス)」。日々あらゆるものからインスピレーションを受け、自分のフィルターを通してフレンチに落とし込むという、リオネル・ベカ シェフの必需品とは。

フレンチの巨匠の命で日本へ 「ESqUISSE」シェフ、 リオネル・ベカ氏

“地中海で最も美しい島”と称されるフランス・コルシカ島に生まれ、自然豊かな南フランスのマルセイユで育ったリオネルシェフが、本格的に料理の世界に飛び込んだのは20歳を過ぎてから。フランス版ミシュランガイドで51年連続三つ星を獲得するフレンチレストラン「メゾン・トロワグロ」のオーナーシェフ、ミッシェル・トロワグロのブラッスリー「ル・サントラル」をはじめ、複数の星付きレストランで研鑽を積んだリオネルシェフは2002年、その「メゾン・トロワグロ」のスーシェフに着任。2006年に東京にオープンした「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」(2019年大晦日に閉店)のエグゼクティブシェフに任命されたのが、来日のきっかけでした。同店で5年半務めた後、2012年に「ESqUISSE」のエグゼクティブシェフに。翌年の2013年以降、2020年まで「ミシュランガイド東京」で二つ星を獲得し続けています。

類まれなる豊かな感受性の持ち主

店内にはシェフが撮影した写真も飾られている。

「ESqUISSE」とは「素描」の意。自身もアートや建築が好きだというリオネルシェフは、束縛のない自由な感性で、料理というアート作品をつくり上げていきます。「アイデアを探すことはしない」というほど、日々生活しているだけでさまざまなものからインスピレーションを受け、表現したいことが尽きないというリオネルシェフ。その豊かな感受性は天才的といって良いでしょう。特別に料理本を読んだり、どこかへ出かけたりせずとも、日常の読書や友人との触れ合い、美しい建造物や写真との出合いなど、身の回りのすべてのものが自然と自分の中に吸収され、アイデアの元になると語ります。それらがリオネルシェフの中を通って消化され、料理として表現された時には、リオネルシェフのオリジナルのフレンチになるのです。

「ESqUISSE」リオネル・ベカシェフの必需品 「糠漬け用の甕」と「醤油粕」

リオネルシェフが、必需品を紹介するために案内してくれたのは「ESqUISSE」の一番奥にあるエレガントな個室。真っ白いクロスが敷かれたテーブルに堂々たる姿で“立っていた”のは、なんとも古風な素焼きの甕でした。「プロの漬物職人が使う糠漬け用の甕です。全部で5つあって、糠漬けはもちろん、自家製のガルム(古代ローマ時代から伝わる魚醤)などもつくっています」。訪れた知り合いの家で、糠漬けをつくっていたのを目にしたことが出合いのきっかけだそう。「美しいフォルムが古代ローマのアンフォラの壺みたいでしょう?」。そんなアーティスティックな表現も芸術好きのシェフならでは。一見シンプルなこのカーブや厚みが、実は非常に発酵熟成の理にかなっているとシェフは言います。順に入れるだけで自然と負荷が均一にかかるようにならされるため無理に食材を押し込む必要がなく、また全体の温度も等しく保たれます。「甕と蓋との間にほんの少し空気が通るようになっているのもミソです。発酵で発生したガス、つまり毒素がここから出てきます。至極シンプルだけど素晴らしい道具ですよ」。

そんな甕の隣りには、茶色いふりかけのようなものが。二つ目の必需品は、福岡県の「ミツル醤油醸造元」の醤油粕です。醤油粕とはその名のとおり、もろみから醤油を搾ったあとに出る搾り粕のこと。限界まで水分を搾り切ることができる近年の機械搾りでは、残った粕は固くスカスカでとても食べられたものではありませんが、昔ながらの搾り器を使っている「ミツル醤油」の醤油粕は、ほどよく水分が残りしっとりとしているのが大きな特徴です。「この醤油粕で肉をマリネすると、まるで数ヶ月も熟成させたかのような軟らかな肉質と凝縮した旨みを生み出すことができるんです」。

日本の食文化の中で、焼いたり揚げたりする直接的な調理の前に、酒や醤油、味噌などの仕込み仕事があることがとても好きだと語るリオネルシェフ。しかし、積極的に日本の素材や食の技術を取り入れようとしているわけではないといいます。「もっといえば、何か特定の一つに影響を受けることもありません。ただ、今日本で暮らしている自分が、日本の食や文化に触れることはいたって自然なこと。そしてそれは日々、私の中に吸収されていきます。それを分析し、考え、必要な時に必要な形でフレンチに落とし込むのです。長年、日本の食に馴染んできたからこそ、あまりにも和の要素が強くならないよう常に意識していますし、逆に、初めて日本文化に触れたフランス人の料理人が『おもしろい! これを使おう!』と飛びつくような、直接的な使い方はしたくないとも思っています」。

ルイス・バラガンの本と「イカ、とうもろこし、ピンクペッパー」

もう一つ、必需品として紹介してくれたのが、20世紀で最も重要な建築家の一人といわれるルイス・バラガンの本です。「あまりにも好きすぎて、語りきれないよ」と興奮気味に語るリオネルシェフ。「彼は建築物で、喜び、怒り、時には官能的なものさえ表現します。また、悲しみをレッドやイエローで表すのです。独特の世界観には非常に驚きますが、五感に訴えかける熱量を感じるので、彼の作品を見ているだけで、若いカップルが喧嘩をしている声や子供が笑っている声など、いろいろな風景が浮かんできます」。

料理は建築と同じアプローチだとリオネルシェフは語ります。たとえば、全く支えがない土地に独立したまっすぐな壁を造るには、構造を理解して物理的な安全性を考えながら数式を弾き出し、それを組み立てることが必要です。採光や空間も考えなければいけないし、できあがったものが外観・内観ともに社会的な意味を持たなければなりません。「料理も同じです。だから私は、美しい建築から多くのアイデアを得られます」。

そのバラガンから着想した料理が、イカ、とうもろこし、ピンクペッパーを使った前菜です。とてもシンプルな、でも力強い3つの要素を一直線に並べ、ジオメトリック(幾何学)に表現するのはバラガンの手法のひとつ。料理を3次元で捉えるというシェフは、この一皿で「深さ」「凝縮感」「コントラスト」を表現します。海の生き物であるイカで深さを表し、丸ごとグリルしたとうもろこしをクルミオイルでソテーしてバターやハーブと合わせた濃厚なペーストと、ホワイトバルサミコと塩でマリネしたフレッシュなとうもろこしとの対比。ちりばめた華やかなピンクペッパーがリズムを生み出します。素材が一直線に並んだだけの単純な構成ながら、それぞれが力強い存在感を放つことで、ぐっと奥行きのある一皿が仕上がります。

次回、「足跡レストラン」では、リオネルシェフが描く料理像と共に、「糠漬け甕」と「醤油粕」を使ってつくる2品をご紹介します。

ESqUISSEエスキス

ESqUISSE

住所:
東京都中央区銀座5-4-6
ロイヤルクリスタル銀座 9F
TEL:
03-5537-5580
アクセス:
東京メトロ銀座線、丸ノ内線、日比谷線銀座駅「B6 出口」より徒歩1分
営業時間:
ランチ 12:00〜13:00(L.O.)/ディナー 18:00〜20:30(L.O.)
定休日:
不定休
支払い方法:
クレジットカード可(JCB、AMEX、VISA、MASTER、 Diners)
URL:
https://www.esquissetokyo.com/

写真・広瀬 美佳 文・山本 愛理

更新: 2020年7月17日

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