PEOPLE

食に携わる注目の人物をインタビュー

SPECIALインタビュー|三つ星フレンチ「カンテサンス 」の就労改革。 岸田周三シェフが考えるレストランの未来像

今後の日本のレストランで、最も問題となっていくのは人材雇用ではないだろうか。
どの店も深刻な人材不足に悩み、本来の飲食店就業とは程遠い働き方改革の指導に戸惑っているという。
そうした現状の中で、三つ星レストランとして輝き続ける「カンテサンス」がこの3月から営業時間を変更した。昼の営業を止め、夜は2回転の営業とする。17時から20時の回と20時半から23時の回である。その狙いときっかけは何なのか。タベアルキストのマッキー牧元氏がオーナーシェフである岸田周三氏に尋ねてみた。

ランチを止める……岸田シェフの決断の理由は?

牧元:夜の二回転はフル回転ですか?

岸田:いいえ、現在は1.5回転にしております。完全に2回転させてしまうと スタッフたちも終電で帰る事は出来なくなってしまいますので。

牧元:実際に始められて、お客様の反応はいかがですか?

岸田:今までは自由な時間を選べましたが、二択になっているので、お客様にご迷惑をかけているとは思います。夜の時間帯でも、他の時間を選べないのかなあ、というご相談をいただき、申し訳ないという気持ちはあります。

今までランチにしか来れなかったお客様、たとえば、お子さんがいらっしゃって夜は外出できないお客様や、昼しか出かけられないご年配の方など、今までお店に来ていただいた方の中で、来ることの叶わない方が生まれてしまいました。それは想定もしていましたし、かなり悩みましたが、大きな選択をすることに決めました。デメリットも多いのですが、これから長くレストランを続ける上で、なんとしても一回トライしてみたかったのです。もちろんやって見て、ダメなら戻ることも可能だと心得ています。

牧元:きっかけになった一番の理由はなんですか?

岸田:いろいろ理由はありますが、一番の理由は労働基準法です。飲食店全体の問題ですが、ランチ営業をやっているすべての店が、今の労働基準法にそぐわない。若い人たちがどういう職を選ぼうという時、ネットでかなり情報が得られる時代では、飲食店に飛び込もうという人は確実に減っている。調理師学校の生徒さんも減っていますしね。人材の確保が年々難しくなっています。だから、時代にアジャストする必要があると考えました。優秀な人を確保するためには、労働時間の凝縮が必要だと。これはやはり、飲食店全体の問題で、そこを乗り越えられない限りは、他業種との競争に勝つことができない。それに労働基準法の取り締まりは、年々厳しくなっている。後手後手に回ってはいけないと考え、結果、ランチ営業を止めることによってかなり労働時間を減らすことができました。

カンテサンスの目指すレストランのゾーン

牧元:夜を一回転にし、お客様の予約時間に合わせ、価格を1.5倍にする判断はなかったのですか?

岸田:今ディナーは従来どおりの22,000円です。もちろんその値段を1.5倍にして、従来の売り上げを確保するというのは、経営者の考えとしてはありでしょう。でもそれは許されない。僕はお客さんの立場で常に考えたいからです。

牧元:でも今は3万円や4万円、5万円とかなり高額な店が東京に増えて人気を得ていますよね。また、欧米の星付きレストランと比べると、圧倒的に日本は安いですよね。

岸田:そうですね。もちろん22,000円は絶対値としての金額は高いですが、ハイエンドの中では、かなりコストパフォーマンスはいいと思っています。僕が目指しているのはその部分です。日本人は極端なものが好きで、例えば、吉野家が290円で牛丼を出す。あれを290円で作るなんて僕だってできない。一方で、値段は気にしないで、最高のものを食べたいというお客様もいる。その真ん中は、一番商売が難しい。だから、1万円の店はお客が入っていないのに、4万円の店は予約が取れないという状況にもなっています。お客様がひたすら最高のものを求めているのですね。その中でどうやって勝負していこうかと思った時、ハイエンドのレストランの枠には入っているんだけれど、その中でコストパフォーマンスの高い店は僕の生きる道で、それこそが新しく、意外に少ない場所であり、目指しているものなんです。これから長くやっていくには、値段だけの競争相手はいるが、クオリティの部分は一番を目指したい。だからひたすら高い食材を使って何万円というやり方には、疑問が残ります。

ランチ営業を止めてできた時間が持つ意味

牧元:今の営業時間になって出勤退社時間はどう変わりましたか?

岸田:以前は9時出勤で、若い子はもう少し早く出勤していました。退社は、早い日で23時です。現在は、出勤は12時で、退社は24時です。

牧元:ずいぶん変わりましたね。実質労働時間は2時間減りましたね。

岸田:たかが2時間ですが、10%以上勤労時間が減ったのはすごいことだと思っています。

牧元:岸田さん自身も実感していますか?

岸田:はい、今までは、4時間45分寝ていましたが、今は6時間の睡眠時間をキープできています。実は以前、医者に怒られました。「明らかに少ない。あと何年あなたは仕事する気ですか? 10年後、この睡眠時間でやれると思っているのですか」と言われて、自覚しました。これは10年後は無理だなと。そこで問題解決をしようと、お昼寝をする時間を考え出そうと思ったんですが、無理でした。スタッフからの相談、業者さんとの話などがあって、15分寝れればいいやと思ったんですが、その時間も生み出せなかった。そこで、根本的な解決をしなくては、と思ったわけです。実際こうして睡眠時間も増え、おかげで疲れなくなって、体は楽になった。残りの時間を使って体のケア、有酸素運動やトレーニングをして足腰を強くして、これからも長年働けるようにしています。

牧元:スタッフはいかがですか?

岸田:たった1か月なのですがスタッフの動きは変わりました。集中力が切れなくなり、みんなももう戻れないと言っています。

牧元:料理にも反映されますか?

岸田:はい。料理を考える時間が欲しかった。以前は、朝9時からノンストップで仕込みをやって、やり終わるのが15時30分。そこから業者に会ったり、取材対応をしたりして新作を考える時間もなく、まかない食べて、すぐディナーが始まります。営業しながら新作を作ったりしていたのですが、新作のことだけを考える時間が欲しかったので、これは非常に大きいことです。ますます料理のクオリティもあげなくてはと思っています。

労働時間とシェフの技術力

牧元:今、休みは何曜日ですか?

岸田:休みは日曜日と不定休が月2回。何もなければ隔週月曜に休んでいます。厨房スタッフは10人です。

牧元:労働時間は減りましたが、料理人という職人仕事を考えると、労働時間はいくらあっても足りませんよね。

岸田:はい。自分自身はブラックな環境で修業してきました。なにしろ睡眠時間が短いどころか、なかった。でも、厳しい職場でたくさん仕事をこなして初めて身につくことがある。回数をこなしてこなして、同じ1年間でも労働時間が多いほど、濃度が高い修業ができる仕事で、修業時間で全く違ってくる。でも、あの頃のようなハードな修業は、もうできなくなっています。僕自身のことを振り返ると、あの時はいやだなと思っていましたが、今これだけの経験を得ることができたのはあの厳しさがあったからで、この若さでこの技術を得ることができました。ある意味、それでいいと若い子たちに思う部分はあります。でも、修業をさせられているという人と、自ら修業をしていると考える人間の違いもあると思います。これからは、働く人の考え方、働く人の感覚が大事ですね。

牧元:技術力を持った料理人が減っていくのでしょうか?

岸田:技術力をこなす少なさから、技術力を持った人が少なくなるかもしれません。確かに調理道具は便利になりましたが、一方で均一化されます。コンベクションオーブンなら誰でも焼けますが、フライパンで焼いた個性の味に気づけるかという点があります。おそらく失われてくるものもたくさんある。これは時代の流れとして当然あるでしょう。

牧元:シェフの出勤時間は12時ですが、他のスタッフは何時ですか?

岸田:できるだけ、僕と同じ時間に出勤しなさいと言っています。でも僕が来る時は、まな板が用意されてない、プラックに火が入っていない、オーブンも冷たいままだと仕事ができないので、15分早く来てもいいよ、とは言っています。ただし、この仕込みをこの時間までにという時に間に合わないと思って、1時間前に来て仕事をしても、その人の仕事のスピードは変わっていないことになる。決められた時間内にできるようにするのが修業。それができなければ、あなたの技術力は変わっていませんよ。だから早く来るのは禁止だと言っています。

今、東京は外食ブームである。インバウンドも伸びている。だが、いつまでもこの流れが膨らんでいくとは思えない。必ず上っ面の高級ではないクオリティを求める時代がやって来ると思う。岸田シェフの目は、10年20年後の顔を見据えている。そして、今回の改革で、ますますクオリティが上がっていくだろう「カンテサンス」の料理が、楽しみになってきた。

岸田周三

1974年生まれ、愛知県出身。1993年に三重県志摩観光ホテル「ラ・メール」入社。2000年に渡仏。フランス各地のレストランで修業後、パリ16区の「アストランス」でシェフのパスカル・バルボに師事。2004年に同店のスーシェフに就任。2005年に帰国し、「カンテサンス 」をオープン。2007年11月に「ミシュランガイド東京 2008」で三つ星を獲得。以降、途切れることなく3つ星を取り続けている。

マッキー牧元

マッキー牧元

1955年東京出身。㈱味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。日本国内、海外を、年間600食ほど食べ歩き、雑誌、テレビなどで食情報を発信。「味の手帖」「朝日新聞WEB」「料理王国」「食楽」他連載多数。三越日本橋街大学講師、日本鍋奉行協会顧問。最新刊は「出世酒場」集英社刊。

Quintessenceカンテサンス

Quintessence

住所:
東京都品川区北品川6-7-29 ガーデンシティ品川 御殿山 1F
TEL:
03-6277-0090
アクセス:
京浜急行電鉄北品川駅より徒歩5分、JR品川駅より徒歩10分
営業時間:
【2部制】 ・17時〜20時 ・20時30分~23時30分
定休日:
日曜日中心に月6日、年末年始、夏期休暇
URL:
http://www.quintessence.jp

撮影:広瀬 美佳

更新: 2019年5月13日

この記事が気に入ったら
「シェア」しよう

最後までお読みいただき、ありがとうございます

pagetop