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食に携わる注目の人物をインタビュー

名店の主義と感性が交差する|血統の一皿|[1]
「シェ・イノ」井上旭シェフから「ポンドール・イノ」柚原賢シェフへの系譜

例えば、「フランス料理の間口を広げたい」とカジュアルなビストロをオープンしたり、「実はこういう店をやりたかった」と隠れ家的なBARを作ったり…。この連載は名店と呼ばれるレストランのセカンドラインや、名シェフがプロデュースしたお店のご紹介。ですが、その裏側には元となるお店(本連載では「1st」と記載)との、それぞれ異なる関係性が見えてきます。あるところはときに厳しく、ときに優しく見守る親子のような関係だったり、あるところは切磋琢磨するライバル関係だったり。そしてなによりも、1st店の看板というプレッシャーを背負いながら、師匠の主義と感性を咀嚼し、自らの色を一皿に表現しているシェフの姿があるのです。そんな隠れたストーリーを知れば、2nd店で過ごす時間がより豊かになるはず。では、まず最初に、日本を代表するフランス料理のシェフ「シェ・イノ」井上旭シェフから、そのお弟子さんで姉妹店「ポンドール・イノ」の料理長である柚原賢シェフ、2人の料理人の関係性を年表形式で紐解いてみましょう。

井上旭シェフ

1945年 、宮 大 工 の 家 に 生 ま れ 、 16 歳で料理へ。フランスへ渡った後 は、正統派フランス料理のトップをひた走り、現在は3店舗のオーナー。「ソースの達人」の異名を持つ。2007年にフランス農事功労賞 シュヴァリエ受賞、厚生労働省より 「現代の名工」 受賞

世界に誇れるフランス料理界の巨匠・井上旭シェフと、その下で修業し、今やその腕を認められ「シェ・イノ」のセカンド店「ポンドール・イノ」を任されている柚原賢シェフ。先駆者としてフランスで、東京で、井上シェフが培ってきた主義と感性が、柚原シェフにも受け継がれています。

1961年ー京都ステーションホテルで料理人人生がスタート

1966年ー渡欧(スイス・ドイツ・ベルギー・フランス)

「フランスでは名店を渡り歩く」
1968年にフランスに入るとパリ「ラ・セール」(1942年創業)、ロアンヌ「トロワグロ」(1930年創業)、パリ「マキシム」(1893年創業)。どれも現在ではミシュランの星を獲得し続けていたり、世界中のグルマンたちが羨望のまなざしを向ける名店たち。海外に行くだけでも大変な時代、来日した有名シェフ、レイモン・オリヴィエの講習会を受け、自分たちが作る“フランス料理”に大きなギャップを感じたのがきっかけだそう。1972年に帰国。同時代にフランスで修業したシェフに「東京ドームホテル」鎌田昭男氏、「クイーン・アリス」石鍋裕氏など。

|トロワグロ兄弟 |

1968年からミシュラン3ツ星を守り 続けているロアンヌの名店「トロワ グロ」。兄のジャンは「ソースの神 様」と呼ばれた人物で、弟のピエー ルは銀座「マキシム・ド・パリ」の初 代料理長も務めました。若かりしこ ろの井上シェフはこの2人に大きな 影響を受けたと言います。

|マキシム・ド・パリ|

100年以上続く、各国の名士、富豪が集い、小説家マル セル・プルースト、オペラ歌手マリア・カラスなど錚々たる 顔ぶれに愛されたパリを代表するレストラン。井上シェフ は肉料理全般とそのソースを任される「ソーシエ」として腕 をふるい、舌の肥えたゲストたちを楽しませました。

1976年ー銀座「レカン」料理長に就任

|銀座レカン|
1974年創業の東 京のグランメゾンの代表格。高良康之氏が 当代のシェフを務める。同店で日本人初の料 理長となった井上シェフの後も、六本木「ヴァ ンサン」城悦男氏、銀座「ギンザ トトキ」十時 亨氏といった名料理人が代々腕を振るって きました。

1979年ー共同経営で京橋「ドゥ・ロアンヌ」をオープン

1984年ー独立。京橋「シェ・イノ」をオープン

シェ・イノ
フランス料理と言えばホテルだった時代に、街場で正統派フランス料理を提供するレストランとして堂々登場。料理はもちろん、サービス、ワイン、設えに至るまで第一級。接待に大切な記念日にと、多くの客人たちを迎えてきました。

<シェ・イノで学んだシェフたち>
京橋「カストール(現在閉店)」藤野賢治氏、代々木上原「ラ・ファソン・古賀」古賀義英氏、表参道「ルメルシマン・オカモト」岡本英樹氏、麹町「オー・プロヴァンソー」中野寿雄氏など、現在はオーナーシェフとして活躍する料理人たちも多数在籍していました。

仔羊のパイ包み焼き“マリア・カラス”

井上シェフが修業していたマキシムでオペラ歌手マリア・カラスが好んで食べていた仔羊。日本人に馴染みのなかったこの食材を美味しく食べてほしいという想いから、彼女に捧げる料理をイメージして創ったのがこのひと皿。レカン時代から続く、井上シェフのスペシャリテです。

1993年ー東京サミットで晩餐会の料理を担当

「プティ・ポワン」北岡尚信氏、「アピシウス」高橋徳男氏とともに、各国の要人をもてなす料理をプロデュースし、喝采を受ける。

1995年ー青山「マノワール・ディノ」オープン

外資系企業のゲストハウスだった一軒家を改築。レストランウェディングで話題に。

1996年ー柚原シェフ「シェ・イノ」入社

柚原賢シェフ
1976年生まれ。料理学校を卒業後、憧れていた井上シェフ率いるシェ・イノに入社。今では愛弟子として腕を認められ、系列店を任させれるように。現在は、日本橋「ポンドール・イノ」で腕を振るう。

|アルベールソース|

柚原シェフが「井上シェフから学んだこと を象徴するひと皿」として真っ先に挙げたのが、主にヒラメなどの魚料理に使う「アルベールソース」を使った一品。

2004年ー恵比寿「ドゥ・ロアンヌ」オープン

2006年ー「シェ・イノ」料理長に古賀純二氏を任命

古賀純二シェフ
1984年の料理学校を卒業し入社して以来「シェ・イノ」ひと筋。柚原シェフにとっても良き相談相手。

2010年-日本橋「ポンドール・イノ」オープン

2011 年ー柚原シェフ 恵比寿「ドゥ・ロアンヌ」 料理長に就任

2014 年ー柚原シェフ 日本橋「ポンドール・イノ」 料理長に就任

次回は「シェ・イノ」井上旭シェフと「ポンドール・イノ」柚原賢シェフのインタビューをお送りいたします。どうぞお楽しみに!

※こちらの記事は2016年1月20日発行『メトロミニッツ』No.159掲載された情報です。

更新: 2016年10月7日

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