PEOPLE

食に携わる注目の人物をインタビュー

シェフの必需品|日本橋「鰻はし本」橋本正平~後編~

グルメシーンを牽引するシェフが、料理を作るうえで欠かせない食材や道具を紹介する連載、「シェフの必需品」。今回は、日本橋の老舗鰻屋「鰻はし本」の4代目・橋本正平さんの必需品です。創業時から受け継ぐ伝統に甘えることなく、日々、鰻の新しい可能性を導きだそうと邁進している橋本さん。後編では、絶滅の危機に瀕する鰻との向き合い方と、必需品、今後の展望についてお話を伺いました。

伝統料理として後世に残していく

「鰻が絶滅危惧種となり、鰻を扱う人間としての在り方が問われる時代になったと思います。鰻屋として、鰻を消費しながらも維持させることは非常に難しいです。年々風当たりも強くなってきています。約5000年前の縄文時代の貝塚から鰻の骨が出土しており、鰻は、古くから日本人に馴染みのある魚と言われています。このように歴史があり、栄養価も高い鰻を多くの人に食べてもらい、『こんなに素晴らしいものだから次世代に繋いでゆこう』と考え、取り組むようになりました」と、熱く橋本さんは語ります。

鰻屋として天然鰻との向き合い方

「天然鰻は産卵する母体となるものなので、うちでは天然鰻は使わないスタンスをとっています。近年の鰻資源の状況下でも天然鰻を使うことに対して、今まではオブラートを包んだ言い方をしてきました。しかし、今期のシラスウナギ漁をみるとそうは言っていられなくなりました」

ニホンンウナギの稚魚シラスウナギが今期は極度の不漁で、国内外での漁獲量が、前期と比べて著しく低迷しているという深刻な現状があります。漁は4月ごろまで続きますが、このまま推移すれば過去最低の漁獲量となりかねません。

「来年発せられるワシントン条約締約国会議で、鰻の輸出入がかなり制限され、現状の流通の2割に落ち込んでしまうという危機に直面しているのです。現在の鰻養殖は、天然のシラスウナギを養殖場で育てているので、完全養殖ではありません」

完全養殖は2010年に成功していますが、コストは10倍かかり、仔魚から稚魚(シラスウナギ)への飼育成功率の低さなど、課題がまだ山積みの状況です。

「したがって、シラスウナギの漁獲量が減れば、現在の流通では鰻の価格は高くなります。鰻については、正確なデータといえるものがほとんど残されていません。シラスウナギの捕獲量が回復するか否かは、現時点で不透明な状況にあるといえます。日本で消費する鰻の8割近くは、大手チェーンやスーパーで売られる冷凍などの加工品であり、鰻専門店が扱う鰻は2割ほどです。多くの日本人が現状を知り、鰻は特別な日に鰻専門店で召し上がっていただきたい。この問題と向き合うことで、鰻に対する価値観が変わり、持続可能な鰻食文化に一歩踏み出せるのではないでしょうか」

料理人として、鰻をただの商材として扱うのではなく、抱えている問題に真摯に向き合っている橋本さん。「近い将来、鰻が食べられなくなるかもしれない」という現状を、鰻を食す私たち日本人一人ひとりが意識することで、鰻業界の発展の第一歩となっていくのではないでしょうか。

きっかけはSNS!?素性がはっきりしている鰻

橋本さんが必需品に選んだ鰻とは、一体どんな鰻なのでしょうか。

「『〇〇産、○○池の○○さんの鰻』と、素性がはっきりしている鰻を選びます。天然鰻は、年間を通して120点の個体もあれば40点の個体もあります。一方、良いものを育てようとしている生産者の鰻は、平均が80点から90点です。養殖鰻を使うのは常に良い鰻をお客様に提供するため、天然の親鰻を残すためには必然といえます」

「鰻はし本」では現在、鹿児島泰正養鰻の完全無投薬鰻「泰正オーガニック」の取り扱いに力を入れています。

「きっかけはSNSでした。3年ほど前、鹿児島県で鰻を養殖している横山桂一さんと交流が始まりました。横山さんから『父がうちの鰻は日本一だと言うけれど、鰻を送るから専門店(職人)の率直な意見を私は聞きたい』と依頼が来たのです」

養鰻家は、鰻をさばいて調理はできないので、自分が育てている鰻が料理人の手にかかるとどうなるのかはわからないのだそうです。

「送られてきた鰻を調理したところ、とても健康で質が高く、誠に素晴らしい鰻でした。取引までの信頼関係の構築には互いに時間を費やしましたが実現。その後、しっかりと背景のある最高峰の鰻を知ってもらいたい想いから、横山さんがブランド鰻としての商標を取得しました」

〇〇産だけではなく、〇〇池の〇〇さんの鰻、と、ここまで素性がわかって食べるのとそうでないのとでは、その価値は格段と違ってきます。そこには絶対的な安心感と信頼があるからです。

「優しく注意深く見守ってあげれば、元気な鰻が育つ」という考えのもと、横山さんは14年間薬を一切使用せずに育てているそうです。これは、「鰻はし本」の理念「鰻 これ くふうて やく のむな」(鰻を食べて薬を飲むな)とも共通しています。

健康な鰻を消費者に届けたいという横山さんの熱い思いは、SNSを通して料理人である橋本さんへと届き、現在に至ります。

年数ではなく枚数!?

スタッフがタレを撮影する際、どのようにしたらタレをタレらしく撮影できるか、色々なアングルを見せて、一緒になって考えてくださった橋本さん。細やかな心遣いが伝わります。

戦後まもなく旧日本橋で創業し、70年以上の歴史もある「鰻はし本」のタレは、創業当時から注ぎ足されながらも、時代に合った味に改良を繰り返しているそうです。

「創業200年を超える鰻屋もある中、うちはまだまだ1年生だと思っています。しかし、タレは年数ではなく枚数だと考えます。自分で納得した鰻と良い素材を集めて、お客さんにコンスタントに来てもらい、どれだけよい鰻を潜らせられるか。それができているお店は、自ずとタレが美味しくなるのです」

5年ほど前から味を改良して、徐々に甘旨くなり、理想の落としどころが今。やっとたどり着いた、と橋本さんは語ります。少量手仕込みにこだわる橋本さんですが、醤油やみりんなどは大手の製品を使っているとのこと。しかしここにも、橋本さんのこだわりがありました。

「オリジナリティを追求したいと思った時期もありました。しかし、大手の味は東京の人間にとって馴染みがある。オリジナリティを出すのではなく、『鰻はし本』独自の江戸前観を残しました。ちょっと味見してみます?」

そう言って我々スタッフに、壺に入ったタレをスプーンによそってくださいました。たしかにそれは、東京生まれの私にとって馴染みのある、ホッとするような甘旨いタレでした。

研ぎ方一つで食材の味が変わる

「去年の暮れから使い始めている、龍泉刃物の鰻包丁です。この包丁は、鰻をさばくときに使います。包丁研ぎの職人さんがいなくなってきている中で、職人さんが研修をしてくださるという貴重な機会をいただき、参加しました。『包丁の研ぎ方一つで食材の味が変わる』とは聞いていましたが、半信半疑でした。しかし、切れる包丁で切った野菜やお肉の味は全く違うのです。本当に驚きました。良い仕事をするために、さばいたら必ずその都度研ぐようにしています」

砥石もその包丁研ぎ職人さんから直接買い、コミュニケーションをとっているのだそうです。

鰻を軸に「大衆」をテーマに

最後に、橋本さんに今後の展望についてお伺いしました。

「ゆくゆくは小さなお店をやりたいと思う気持ちもあります。でも、最近『大衆』についてよく考えるのです。『鰻屋』というカテゴリーを軸に、『大衆』というものをテーマにして、今までになかった面白いものができたらなって思います。鰻は高いので大衆料理として残していくのは大変ですが、鰻の美味しさを知らない若者たちに、この素晴らしい伝統料理を伝えていきたいです。そして、鰻の維持に貢献し、鰻の生産者が評価されるような活動を続け、これからの鰻業界を担う若者たちに夢を与えていきたいですね!」

移り行く時代の中で、伝統料理を維持することは並大抵のことではないでしょう。伝統と革新。革新的な鰻料理を作る一方で、東京人の馴染みのあるタレを選択し、「大衆」をテーマに今後のビジョンを模索中の橋本さん。「鰻はし本」に変革をもたらしたように、4代目橋本さんが、鰻業界に新たなる改革を起こしてくれるだろうと、期待しています。

鰻はし本ウナギハシモト

鰻はし本

住所:
東京都中央区八重洲1-5-10
TEL:
03-3271-8888
営業時間:
【月~金】11:00~14:00 17:00~22:00(LO20:30)【土】11:30~14:30
定休日:
日・祝・土用丑の日・年末年始・お盆

更新: 2018年2月23日

この記事が気に入ったら
「シェア」しよう

最後までお読みいただき、ありがとうございます

pagetop