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TOKYO ELITE RESTAURANTー世界に自慢したいシェフ
|アイデンティティのあるイタリア料理のシェフ[3]|

東京のイタリア料理の変遷に見る
時代を切り開いた立役者たち「明治〜昭和初期」

日本のイタリア料理のはじまりは明治時代まで遡ることはできますが、 大きく動き始めたのは、まだここ30年くらいでしょう。月日としては浅いかも知れません。でもそれは、 おいしいイタリア料理を私たちに伝えようとしてくれたシェフたちの熱くて濃い情熱の歴史でもあります。そんな歴史を イタリアの食文化に精通する河合寛子さんと土田美登世さんに振り返っていただきます。

洋食屋のメニューにマカロニ登場!【明治〜昭和初期】編

「東京は世界で一番イタリア料理がおいしい町だよ」

お世辞も入っているとは思うけれど、イタリア人のシェフから言われたことがあります。確かにそうかも知れません。カジュアルなトラットリアや高級系のリストランテ、ピッツェリアやバール、イタリア人も知らないような、珍しいイタリアの郷土料理を謳った店まである。米はないけどパスタはあるという家庭もあるし、コンビニエンスストアには生パスタのデリまでがある。

それだけ日本人はイタリア料理が大好きというわけです。でもイタリア料理がここまで身近になったのは、ここ20〜30年くらいの話です。逆に言えば、それ以前は、その実態はほとんど知られていませんでした。スパゲッティやピッツアはもっと前からポピュラーになりつつありましたが、正確に言えばそれは、ほとんどアメリカ経由のもので、トマトソースに粉チーズとタバスコが必ずと言っていいほどワンセットになっていました。

だから、ピッツアというより「ピザ」という方がしっくりくるようなものでした。60そんな日本で、最初のイタリア料理店と噂されているのが、明治14年に創業した、その名も「イタリア軒」。ここは東京ではなく、意外にも新潟にあり、今も「ホテルイタリア軒」として営業しています。この誕生ストーリーがとてもユニークです。

遡ること約140年前、新潟にフランスの曲馬団が来ました。その食事係がピエトロ・ミリオーレというイタリア人でした。彼は料理人だったのに、なぜか大怪我をして、帰国した曲馬団から取り残されて現地で治療をすることに。ご縁があってそのまま移住しました。

そして、県の要人からの支持も受けて「イタリア軒」をオープンさせたのです。ただ、”イタリア料理“だったのかというと、レシピやメニューなどが残っていないのでわかりませんが、当時の東京がそうであったように、諸外国に追いつけ追い越せの風潮から流行した「西洋料理」を謳った店であったようです。

「イタリア軒」がイタリア料理店の第一号かどうかは定かではありませんが、イタリア料理もしくはそれを彷彿とさせる専門店は以降も、ずっと登場していません。まったくなかったわけではなく、明治、大正時代とブームを迎える洋食屋さんのメニューには載っていました。例えばスパゲッティやマカロニがそうです。

ここで、明治30年に東京の三田に創業した「東洋軒」という西洋料理店について触れておきましょう。東京にはもうなくなってしまいましたが、宮中晩餐会への出張料理役などを任され、天皇の料理番として知られる秋山徳蔵さんをはじめ、多くの名料理人を輩出した歴史ある名店です。実はここが、日本に最初にパスタを持ち込んだと言われています。ただ、パスタと言っても、宴会にはショートパスタかラヴィオリが使われたでしょう。

なぜならイタリアでも正式な場ではスパゲッティのようなロングパスタは食べにくいし、ソースも散るのでNGとされていたからです。マカロニにベシャメルソースをかけて焼いて仕上げればグラタンになり立派な洋食メニューです。では、スパゲッティはというと、フランス料理がそうであるように、付け合せ的に使われていたようです。文献には西洋素麺と紹介されていました。

そしてやがて、マカロニもスパゲッティも洋食屋のメニューとして一般的になっていくのですが、これがイタリアの料理に源流があるという意識は当時の人たちにはまったくなかったと思います。逆になくてもよいでしょう。ほとんど日本風にアレンジしたものだったのですから。

その典型的な一品と言えばスパゲッティ・ナポリタン。ナポリにはないのにナポリタンと呼んだセンスが個人的には好きですが。イタリア料理の存在をはっきりと意識するようになるのは、1945年、つまり第二次世界大戦の終戦以降の復興時期まで待たなくてはなりません。(土田)

 河合寛子/土田美登世

【著者】プロフィール 河合寛子/土田美登世

■河合寛子/「専門料理」「料理王国」編集部を経てフリーランスのフードエディター&ライター。「専門料理」編集長時代には1980年代から90年代にかけての大イタリア料理ブームをプロの視点から取材してきた。確かな知識で書かれる原稿にシェフたちの信頼も厚い。イタリア料理の編書多数。

■土田美登世/「専門料理」「料理王国」編集部を経てフリーランスのフードエディター&ライター。「専門料理」では河合氏の部下。ともに「料理王国」創刊メンバー。『日本イタリア料理事始め堀川春子の90年』(小学校・刊)をまとめ、日本のイタリア料理の歴史を追った。

Text:河合寛子(1980年代、1990年代)/土田美登世(明治〜1970年代、2000年代)

※こちらの記事は2015年11月20日発行『メトロミニッツ』No.157掲載された情報です。

更新: 2016年10月29日

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