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TOKYO ELITE RESTAURANT|世界に自慢したいシェフ
|アイデンティティのあるイタリア料理のシェフ[26]|

現地イタリアから発進する食のトレンド最新事情

ここまでは、東京でのイタリア料理についてお伝えしてきましたが、ここからは、イタリア在住のジャーナリスト池田匡克さんに、現地イタリアにおける食の最新事情を追っていただきました。

池田匡克さん

イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。出版社勤務の後1998年に独立し渡伊、現在フィレンツェ在住。イタリア料理の最前線を写真と文章でルポルタージュする。主な著書に『イタリアの老舗料理店』『シチリア美食の王国へ』など多数。

現代イタリア料理の存在意義とは

イタリア料理を取り巻く環境は決して順風満帆な訳ではない。景気の後退や食の安全など、さまざまな問題を抱えているが料理人たちは何を考え、どう行動しているのか?現代イタリア料理の核心に迫る。

2008年末のリーマンショックがイタリアのレストラン業界に与え影響は計り知れないものがあった。2002年のユーロ導入後、好調な景気に支えられて、イタリアのレストランの価格は気がつくと、いつの間にか倍近くまで上昇。それでも世界中から観光客が訪れるイタリアブームに後押しされてレストラン業界は好調だったのだが、リーマンショックの後、それまでファションと外食には消費を惜しまなかったイタリア人の外食費ががくんと減ってしまったのだ。ちょっと前の日本のデフレ時代にも似た内向的傾向が顕著になり、外メシから家メシに、高級リストランテからトラットリアへ。そうした時代背景を受けて登場したのがローコストなストリートフードやグルメ・パニーノ、グルメ・ピッツァといった「安くて美味しい」というコンセプトの食品たちと、「イータリー」に代表されるようなこだわり食材を自宅でも、という厳選セレクトの食材店だった。
結果、2008年から2010年にかけてイタリアでは、ミシュラン一ツ星クラスのレストランの約20%が星を失うか閉店、あるいは業態変更を余儀なくさせられたのだが、そんな受難な時代の中、料理人たちは今一度自分たちとイタリア料理自体の存在意義、つまりアイデンティティについて向き合うようになった。それはイタリア料理業界全体が史上初めて己の存在意義について考えるようになったのだった。

イタリア料理の根幹とはカンパニリズモという言葉に要約される。それは教会の鐘(カンパニーレ)が聞こえる範囲が世界の全てという郷土愛に満ちた世界観で、料理においても全く同じことが言えるのだ。イタリアはローマ帝国崩壊後、長い期間、小国分裂の時代が続き、国家として統一されたのは1861年のこと。それまではフィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノといったような都市国家が長く存在し、それぞれが独自の文化を形成していった。
日本ではよく「トスカーナ料理」「シチリア料理」という風に州ごとに料理を区分する(州料理=クチーナ・レジョナーレ)のが一般的だが、イタリアを代表する料理人ジャンフランコ・ヴィッサーニはこう言っている。「州ごとの料理というのはイタリアには存在しない。なぜなら州という概念が誕生したのはイタリアが統一された1861年以降行政上の区分のためだ。郷土料理というのは、それよりもはるか以前からその土地に存在していたのだから全ての料理は地域料理=クチーナ・テリトリアーレと呼ばれるべきだ。」
ヴィッサーニが言うようにイタリア料理の多様性は千変万化、その多様性はミクロクリマであるが、最も変化に富むのはパスタであろう。つまりイタリアの郷土料理、クチーナ・テリトリアーレとはパスタのことであると言っても過言ではない。現在、一般的に工業製品として作られ、流通しているパスタはおよそ350〜400の形状があると言われている。ペンネ、スパゲッティ、リガトーニなど、誰もが知る有名パスタがこの分類に入る。しかし、中にはその土地にしか見られない希少品種とも呼べるマイナーパスタが存在するのも事実で、それこそがイタリア料理の多様性の証人でもある。

サルデーニャの奥地で作られる「神の糸」フィリンデウ、プーリアで作られる古代ローマ時代にさかのぼるパスタ、ラーガネ。あるいは、さらに古くその起源はエトルリア時代と言われるトスカーナのテスタローリなど、レア・パスタを巡って行けばことごとくイタリアの秘境に行き着く。そしてこれら全てのパスタと組み合わせるソース、あるいは食材を思えば、それこそパスタ料理とは人智を超えた無数の組み合わせがあるはずだ。おそらくは世界で最も作られ、模倣されているのはカルボナーラかアマトリチャーナと言われているが、これらをイタリアにおける食の均一化、グローバリゼーションの象徴とするならば、よりイタリア的な料理とはそういった世界的に有名なパスタとは真逆の方向を向くマイナーパスタということになる。それこそがパスタの真の存在意義なのではないだろうか。

存在意義と言えば、現在のイタリアにおいて最も重要な食のコンヴェンションが毎年2月にミラノで行われる「イデンティタ・ゴローゼ」日本語に訳すならば「美食の存在意義」となる。これはイタリアにおけるガストロノミー界のトップ・シェフを中心に世界中から最先端の料理人を招いて、その技術、思想を発表し合うイベント。スペインにマドリッド・フュージョンがあるならイタリアにはイデンティタ・ゴローゼがある。日本人には発音しにくいそのネーミングから日本での認知度は今ひとつだが、年々盛り上がりを見せ、食をテーマにミラノで万博が開催された今年は大いに盛り上がった。

1980年代にフランスのヌーヴェル・キュイジーヌの影響を受けたグアルティエーロ・マルケージが新イタリア料理=ヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナを打ち出し、イタリアに史上初めてミシュラン三ツ星をもたらして以降、イタリア料理は進化を忘れていたといわれる。そしてリーマンショックと並んでもうひとつ、イタリア料理界に危機感をもたらしたのがスパニッシュ・インヴェージョンとも呼ぶべき新スペイン料理の交流である。フェラン・アドリアに代表されるような驚きの料理が登場し、2000年代になるとイタリアはミシュラン三ツ星の数も、そしてガストロノミーとしての質もスペイン勢に抜かれ、巷には分子料理、再構築料理、分解料理と、外国からさまざまな料理がイタリアに流入するようになった。おそらくは史上初めて迎えたイタリア料理危機の時代であった。

そうした中、新たにイタリアのガストロミー界を支えているのが、巨匠マルケージの下で学んだマイケージ・チルドレン「マルケジーニ」たち。「クラッコ」のカルロ・クラッコ、「ベルトン」のアンドレア・ベルトン、「ピアッツァ・ドゥオモ」のエンリコ・クリッパ、「D’O」のダヴィデ・オルダーニら、「イデンティタ・ゴローゼ」の主役であり、現代イタリアを代表するトップ・シェフたちはことごとく「マルケジーニ」なのである。こうした名前は現代イタリア料理を知る最新のキーワードである。スペイン勢の技術や革新を吸収し、イタリア料理とは何であるべきか?を徹底的に考え抜いて、それまで誰も作らなかった新しいイタリア料理を打ち出す。そして、非マルケジーニでありながら現代イタリア料理界でトップに立つのが、次ページで紹介する「オステリア・フランチェスカーナ」のマッシモ・ボットゥーラだ。
イタリア人はレースで言うところの最終コーナーを曲がってからが強い、と言われているが、危機に直面した現在、イタリア料理の真価が問われている。イタリア料理の存在意義とは?パスタの未来は?パンとピッツァの将来型は?イタリアの料理人たちは日々そのような課題に直面しながらも、持ち前の創造性と自由な発想で困難を乗り切ろうとしている。いま私たちが東京で何気なく口にするイタリア料理の背後には、そのような混沌が広がっているのだ。

Photo & Text 池田匡克 Masakatsu IKEDA

※こちらの記事は2015年11月20日発行『メトロミニッツ』No.157に掲載された情報です。

更新: 2017年4月13日

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