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|WASHOKU GOOD NEWS[26]|

「分とく山」総料理長 野崎洋光さんが見る和食とは?

和食の危機が叫ばれる昨今。第一線で活躍する料理人は、どんなところに危機を感じ、何を守りたいと考えているのでしょうか?「分とく山」総料理長、野崎洋光さんにお聞きしました。

分とく山 総料理長
野崎洋光さん

1953年生まれ。福島県出身。武蔵野栄養専門学校を卒業した後、数店で研鑽を積み、80年に「とく山」料理長に就任。89年には「分とく山」を開業し、総料理長となる。和食の基礎、歴史、文化を重んじつつも、多数の著書や料理教室等を通じ、和食の親しみやすさをわかりやすく人々に伝えている。

家庭料理は変化するのが当たり前「和食の危機」はプロの世界の話!?

「和食の危機についてお話しするには、まず料理屋と家庭の料理とは別物である、ということをお伝えしておく必要があります。私たち料理屋がやっているのは、言わば『芸事』なのです」
そう語り始めた、『分とく山』総料理長の野崎洋光さん。さて、その心は?
「日本舞踊には、西川流などの『流派』がありますよね。料理屋が作る会席料理も、こうした『流派』の料理です。つまり、料理人たちが言う和食の危機とは、流派や受け継がれてきた決まり事が消失することへの危惧。そしてそれを憂うのは、自分たちの『芸事』がビジネスだからなのです。対して家庭料理は、決まり事がありつつ自由に踊れる盆踊りみたいなもので、プロの踊りだけが正しいのではありません。それなのに、家庭料理まで"こうあるべき"と決めつけるからおかしくなる。今と昔でライフスタイルは違いますから、家庭料理が変化するのも当たり前です」
頑なに伝統を守らんとしているのかと思いきや、野崎さんの口から出たのは「変化は当然」という意外なお言葉。そればかりか、私たちがイメージする"昔ながらの和食"も、実はそこまで長い歴史があるわけでもないそうで…。
「『一汁三菜』は、調べてみると戦前の一般家庭には出てきません。その時代に薪をくべて、多数の料理を作るのは難しいはずでしょう。江戸時代の一般家庭については、火事を恐れて火を使えないために料理をする習慣がなく、出来合いのものを売って回る"煮売屋"を頼りにしていました。また、和食では出汁が重要とされますが、家庭でかつお節などから出汁を取るようになったのも戦後。それまでは、料理屋がやっていたことに過ぎないのです」

「花鳥風月」と「陰陽五行」はいつの時代にも適していける考え方

さらに野崎さんは、昭和30年代の電気炊飯器や冷蔵庫の普及、55年以降の宅配便の発達、また電気・ガスの普及などを機に、日本人の食のスタイルや調理の「常識」も大きく変化したと言います。そうなると気になるのが、「では、和食がずっと大切にしていることって何だろう?」ということ。
「和食を作る上で基本となる考え方は2つあります。まずは『花鳥風月』。これは自然の美しい風景を意味し、和食においては季節を食卓に取り入れて楽しむということ。例えば器は磁器、陶器、漆器、ガラス、竹など、季節やシーンに合わせて使う物を変えますよね。また春は桜、秋は赤もみじなど、料理に草花を添えることもあります。日本にはこうして季節の移ろいを感じ、しみじみと浸って生きる文化があり、それが食にも根付いているのです」
季節ごとに自然は表情を変え、食物の旬も移ろいでいく。食を季節で遊ぶという心は、まさに豊かな自然と四季のある日本ならではのものと言えます。

「そして、もう1つは『陰陽五行』。この思想では、自然界のあらゆるものが『陰』と『陽』に分けられており、この2つが調和してこそ秩序が保たれるとされています。一汁三菜であれば、主役の『陽』と脇役の『陰』となる食材を上手に組み合わせて献立を作り、栄養のバランスを取るのです。そしてこの『陰陽五行』は、その時代に適応していける考え方。例えば僕は、切り干し大根を主役にするなら、そこに肉をプラスして調理します。それでは『陽』である肉が主役になってしまうと思うかもしれませんが、その代わり肉の分量を少なくしてバランスを取ればいい。ひじきの料理を作る時には、定番の油揚げではなく3色のパプリカとベーコンを入れることだってあります。上手にバランスを取りさえすれば、ビタミンもミネラルも補給でき、見た目にも美しい。昔は肉を食べられなかったから料理に入れていないのであって、今はそんな時代ではないんです。和食の根底にある『陰陽五行』の思想に基づいて、時代に適した作り方をすれば良いんですよ」
これまでもそうだったように、時代の変化と共に当然和食も生まれ変わる。野崎さんがこの事実をおおらかに受け入れているのは、和食の根底にこうした思想が流れているからだったのです。

和食の基本 陰陽五行
古代中国で生まれた、自然界のバランスを表す思想「陰陽五行」。この思想の下では、自然界の全ての物事は「陰」と「陽」に大別されます。なおかつ、「木」「火」「土」「金」「水」、この5つの要素で自然界が成立していると考えられているのです。和食の根底にあるのは、実はこの思想。例えば「一汁三菜」において、肉や魚といった動物性タンパク質を据える主菜は「陽」に当たります。これに対し、野菜や海藻などを使った副菜を「陰」として添え、全体の栄養バランスを整えるのです。また、器の形が四角か丸かによって盛り方を変えるのも、陰陽の理論に基づいてのこと。さらに「五行」の観点で、「五味」=甘い・辛い・酸っぱい・塩辛い・苦い、「五色」=赤・青(緑)・黄・白・黒、「五法(下記イラスト参照)」=焼く・煮る・揚げる・蒸す・生(切る)、これらの重複を避けて調理するのも、和食の約束事なのです。

食を言葉で遊ぶ粋な心は四季がある日本だからこそ

鏡餅のてっぺんに据えるのは、「だいだい」と「ゆずり葉」。「代々譲る」、つまり家系が続くことへの願いを意味します。また餅の上の昆布は、「よろこぶ」とかけた縁起物

とは言え、やはり和食について危惧している面もある、という野崎さん。
「和食を語る上で、最も大切なことの1つが『言葉』です。しかし、今や料理人でさえも、言葉を知らないというのが現実。失われつつある和食の文化というのは、このことかもしれません」
「言葉」とは、調理用語や敬語のことではありません。和食に散りばめられた、『言葉遊び』のことなのです。
「例えば、正月にお供えする鏡餅の上には、串の両端に干し柿を2個ずつ、真ん中には6個刺した『串柿』を添えます。これは、『にこにこ仲む(六)つまじく』という願いを表現しているんですね。食材自体は普通でも、言葉を駆使してプラスの意味を持たせている例は他にもたくさんあります。こんな風に日本人は、常に物事を良い方向に捉えられる民族。そういう思想が生まれたのは、日本に四季があるからだと思います。雨が過ぎれば晴れになり、寒さの後には暖かな季節が訪れる。必ずいい時が来る、と知っているんです。これが草木もない砂漠の国なら、こういった思想は生まれにくいと思うんですね。メリハリがある自然環境だからこそ、様々な言葉が生まれ、豊かな情景を表現できる民族になったのではないでしょうか」

おからを「卯の花」と呼べるのは春から夏まで。卯の花は、4月に咲く卯木(うつぎ)の花と重ねた呼び方で、冬には白い雪に例えて「雪花菜(きらず)」と呼びます

和食に込められた粋な言葉遊びについて、さらに野崎さんは語ります。
「また、牡丹が咲く春は『牡丹餅』、萩が咲く秋には『おはぎ』と呼び名が変わる他、夏には『夜船』と呼びます。夜船はゆっくり走り、いつ岸に着いたかわからない。この『着いた』と、夏は餅を軽く『搗いた』程度にするという意味がかかっているんですね。また、冬の呼び名は『北窓』。冬の北側は月が出ない、つまり『搗き』がない、という意味です。こんな風に、和食には様々な言葉遊びがあり、実に洒落がきいている。つまり和食とは、単なる食のジャンルや食べる行為を指すのでなく、日本の文化が生み出した『食文化』であることを忘れないでほしい。そして、僕は思うんです。『花鳥風月』や『陰陽五行』、言葉遊びの心さえわかっていれば、海外で醤油や味噌がなくとも、和食を作ることができるのだと」

シンプルな一汁一菜、そして”所作”でも和食は表現できる

今や日本人の食事は驚くほどバラエティに富み、とんかつやハンバーグだって和食と言われる時代。食卓にもこうしたメニューが日常的に並び、私たち日本人がそれぞれに異なる"和食観"を持つのも無理はありません。
と、気になって、ここで野崎さんに質問。今「和食」と言われたら、料理人である野崎さんはその象徴として何を思い浮かべるのでしょうか?
「ご飯と味噌汁、そしてお箸が並べて置いてある光景ですね。ユネスコ無形文化遺産では『一汁三菜』が日本の基本的な食事スタイルとなっていますが、極端に言ってしまえば、ご飯と味噌汁、そして何かご飯に合うものがあれば、一汁一菜でも和食なんです。こう言うと身も蓋もないのですが、和食はもともと美味しいご飯を食べるための文化、ということなんですよ」
シンプルで質素だった食卓。それが今では1年中食材が豊富で、料理の自由度も格段に増しています。豊かになったこの状況、本来なら「衣食足りて礼節を知る」ということわざが当てはまるはずですが、野崎さんは「礼節を『欠く』」状態になりつつあると言います。
「和食の危機というと、食べ方のマナーについても頭に浮かぶんですね。先にお話しした『言葉』と同じく、"いただきます"や"ごちそうさま"といった感謝の言葉、食事の作法などの礼節が欠けてきたことも、問題の1つなのだと思っています。僕たちはご飯に対しての誠意を持つべきですし、礼節の有無で、その人が食べる価値のある姿勢を持った人間か、ということが表わされてしまうと思うのです。さらに日本の場合は、食べることも『芸事』。箸の所作や、食事中の振る舞いなどでもそれがわかると思います。例えば、物を食べる時には口元を隠しますよね。あるいはグラスなどで飲み物を仰ぐ時は、片方の手を添えます。これは、女性が喉元を見せるのは品が良くないとされているからなんですね。その代わり、襟元を少しだけ緩めてうなじを見せたり、袖元からも手首を覗かせたりして女性らしい色気を見せるという、まさに芸事的な要素があるんです。食べられる事へ感謝するのはもちろん、こうしたマナーや作法をわきまえて食事をするという心も、大切にしてほしいと思います」

”決まり事”も大切でも何より大切なのは楽しむ”心”

ここまで和食の歴史や思想、言葉、礼節などについてたっぷりと野崎さんに語っていただきましたが、取材の最後に1つだけ、"これだけは書いてください"と野崎さん自ら一言。さて、その内容とは一体…?
「何よりも一番美味しい食事の方法をお伝えしましょう。それは、"嫌な人と食事をしない"ということ。ぜひ、好きな人とご飯を食べに行ってください(笑)」
あまり作法がどうこう、ではなく、リラックスしながら、そして好きな人との会話を楽しみながら食事をするのが、一番のごちそうだと野崎さんは断言します。和食に込められた日本の四季や遊びの精神、作り手の想い。これらを心で感じ、食べられることへの感謝を忘れずに、この国が生んだ粋な食事を存分に楽しみましょう。

Photo sono(bean) Illustration 八重樫王明 Text 山田彩
※こちらの記事は2016年2月20日発行『メトロミニッツ』No.160掲載された情報です。

更新: 2017年5月22日

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