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|WASHOKU GOOD NEWS[25]|

イタリアにおけるWASHOKUと料理原理主義

2015年のミラノ万博で日本館は世界中から注目されたのですが、それは開催地イタリアのWASHOKUをも変えたと言います。イタリアと言えば、郷土愛が強く、他国の料理に排他的なイメージですが…。そんなイタリアにおけるWASHOKUの現状を、イタリア在住のジャーナリスト池田匡克さんにお話しいただきました。

2015年はイタリアにおけるWASHOKU大躍進の年であった。10月一杯で閉幕、まだ記憶に新しいミラノ万博のテーマは「地球に食料を、生命にエネルギーを」と題したもので廃棄食品の削減と地球環境を考えることだった。本家イタリアはスローフード協会やEatalyなど民間の団体も出展していたが、日本政府主導の日本館は10時間待ちの行列ができるほどの人気を誇り、展示デザイン部門で金賞を受賞、多くの地方自治体が独自のプレゼンテーションで地元の産物や食品をアピールした。行列が嫌いな、というよりもきちんと列を作ることができないイタリア人でさえもWASHOKUに高い関心を持ち、これほどの成功を収めるとは開幕前に誰が想像していただろう?こと料理に関しては頑なまでに自国文化を尊重し、保護することに懸命なイタリア人が外国料理であるWASHOKUに興味を示したのは実に意外だった。郷土料理を保護するために外国料理排斥運動を行う地方もあるほどイタリア料理原理主義は一般に広く浸透しているのだ。日本ではありとあらゆる料理が食べられるが、イタリアでは外国料理店を探すのは実は非常に困難なのである。万博を期に日本の食材や日本酒をイタリアで目にする機会は格段に増え、WASHOKUを出す店も増えたかに見える。こと食に関してはおそらく世界一頑固であるイタリア人が一目置くWASHOKUの存在とは何なのか?ここ30年ほどの動きから考察してみたいと思う。

イタリアの和食事情変遷

史上初めて和食でミシュラン一ツ星を獲得、現在最も注目される「IYO」の市川晴夫シェフ(中央)とそのスタッフ

イタリアにおける一昔前のWASHOKUと言えば寿司、刺身もあればうどんもある。カツ丼もあれば鉄板焼きもある、いわばとかく海外にありがちな形態のオールマイティな日本食レストランだった。十年一昔、そういった旧世代の日本食レストランで今も生き残っているのはローマの「HAMASEI」「HASEKURA」あるいはミラノの「OSAKA」ぐらいか。フィレンツェの「竹亭」はすでになくミラノの「赤坂」もない。考えてみれば分かることだが、日本でうどんも出す寿司の名店は存在するのだろうか?そうしたファミレス的な日本食レストランは自然淘汰され、徐々に姿を消していったのだった。
日本におけるイタリア料理も現在これだけ進化し、イタリア各地で郷土料理を学んだ料理人たちが地方別の郷土料理を出す時代から、それをさらに発展させて州ごとの料理にこだわらないシェフ料理の時代へと進化したのだからイタリアにおいてもまた然り。情報伝達の速度が上がり、日本の食文化が浸透していくと同時にイタリアにおけるWASHOKUは現在細分化しつつある。そうした意味でも2015年はエポックメイキングな1年だった。ミラノの「ORIGAMI」などで腕をふるった市川晴夫シェフのフュージョン和食店「IYO」は同年のミシュラン・イタリアにて史上初めて和食店で一ツ星を獲得。同じくGamberoRossoのRistorantid'Italiaでは同年に創設されたエスニック料理の新評価基準「Mappamondi=世界地図」で最高評価にあたる3Mappamondi(ちょっと言いにくいが)に輝いた。現在のミラノでイタリア人が訪れてみたいWASHOKUと言えばこの「IYO」であり、同じく3MappaMondiを受賞した「Wickey’s」だ。日本での修業経験もあるスリランカ人ウィッキーが作る華やかな寿司は醤油を使わず、1貫ずつ異なる調味を施すことでミラノの寿司に新時代を築きつつある。

ミラノのラーメン・ブームを牽引する「カーサ・ラーメン」では、日常的にミラネーゼがラーメンを口にしている

同じくミラノに登場した「カーサ・ラーメン」「ザザ・ラーメン」の客層は圧倒的にイタリア人。どちらもしょうゆ豚骨が一番人気で、昼時ともなれば女性ミラネーゼが器用に箸を使ってラーメンをすするシュールな光景にであえるのだ。2016年1月にはフィレンツェに「コト・ラーメン」がオープンしたが料理人はミシュラン三ツ星「ピアッツァ・ドゥオモ」のシェフ、エンリコ・クリッパらと働いた南原章二だ。GamberoRossoにも「星付き経験者が作る新世代ラーメン」と取り上げられており、とかく保守的と言われるフィレンツェでさえ、ラーメンが受け入れられる土壌が育ちつつある。また、芸能人御用達の焼き肉弁当で知られる「ミート矢澤」がミラノに和牛焼き肉専門店「YAZAWA」をオープンしたのも2014年末と、ここ1年ほどのミラノにおけるWASHOKUの進化には目覚ましいものがある。

一方、料理にWASHOKUの技法やエッセンスを取り入れているシェフも多く、1980年代にはグアルティエロ・マルケージが「ヌオヴァ・クチーナ・イタリアーナ」に懐石の要素を取り入れ、それまでの装飾至上主義から禅の精神に似たミニマリズムの世界を構築した。金箔を使った「黄金のリゾット」はその典型で、無数の料理人がマルケージのスタイルを模倣した近代イタリア料理の永世定番だ。以来30年、現在のイタリアのガストロノミー界はマルケージ門下生「マルケジーニ」全盛期がいまもなお続いている。前述したミシュラン三ツ星「ピアッツァ・ドゥオモ」のエンリコ・クリッパは日本滞在経験もあり、さまざまな調味料や出汁を駆使して独自の料理の世界を構築する。また出汁をダイレクトに使うプレゼンテーションも主流となっておりマルケージ以降ミラノを代表する巨匠の1人、クラウディオ・サドレルは日本のソバや冷やし中華を彷彿とさせる、出汁をかけたパスタを提供している。また、やはり一ツ星「ヴン」のアンドレア・アプレアも「出汁パスタ」の使い手。ミシュラン三ツ星「オステリア・フランチェスカーナ」で10年間マッシモ・ボットゥーラの右腕として働いた後ミラノで独立した徳吉洋二は「TOKUYOSHI」開店わずか10ヵ月で一ツ星を獲得。さまざまな出汁を料理とともに別添えで出すスタイルを多用している。またマルケジーニではないが二ツ星の「マドンニーナ・デル・ペスカトーレ」のモレーノ・チェドローニは魚と米を組み合わせた独自の「SUSHI」をすでに10年以上続けている。

現代イタリアを代表する料理人クラウディオ・サドレル。マルケージ以降、現代イタリア料理界の横綱の1人。野菜や肉を使ったブロード(出汁)をダイレクトに注ぎ、極細パスタのタリエリーニと食べるのがサドレル風パスタ

排他主義にも似たイタリア料理原理主義

しかし、こうしたWASHOKUの影響というのはあくまでもトップ・ガストロノミーの世界の話であり、圧倒的多数のイタリア人は「今日はWASHOKUでも食べようかしら」という考えは毛頭なく、今日も明日も明後日もイタリア料理である。和洋中なんでもござれの日本と違って、イタリアにおけるレストランとはミラノを除けば徹頭徹尾イタリア料理であって、さらに言えばその地方に根付く郷土料理なのである。そうしたイタリア料理原理主義とも呼べる運動を幾つか紹介したいと思う。

トスカーナ州フィレンツェ近郊にルッカという美しい中世の城壁都市があるが、2009年当時の市議会は中世の美しい街並であるにも関わらず中華料理やケバブなど外国料理が増えた状況を憂い、イタリア料理以外、いや、厳密に言うならばルッカ料理以外の新規開店を認めないという条例を出した。料理で名高いトスカーナ州においてもルッカは特に希少品種が多いことから食材の宝庫と呼ばれて一目置かれているのだが、「城壁内に外国料理は持ち込ませない」という保守主義で食のグローバリゼーションに反対とする運動は市民にも受け入れられたのだ。

中世の城壁に囲まれたルッカではイタリア料理以外の新規開店を認めない条例が可決され、イタリア全国に影響を与えた。左の写真は、中世の塔から眺めたルッカ旧市街。確かにこの古い町には伝統的なイタリア料理以外似合わないだろう

イタリアを代表するパスタ、アマトリチャーナはそのレシピの正否を巡って政治家も巻き込んだ論争がおこった

また、ローマを代表する料理の1つ「アマトリチャーナ」はアブルッツォ州のアマトリーチェという町が生まれ故郷のパスタで、トマトソースと豚の頬肉の塩漬けグアンチャーレ、そしてペコリーノ・ロマーノで作るのだが、「ニンニクを入れた方が美味しい」と言い出したのはTVでも有名なミシュラン二ツ星「クラッコ」のカルロ・クラッコ。しかし、アマトリーチェ市長は現代イタリアで最も有名なシェフであるクラッコに論争を挑み、「そのレシピをアマトリチャーナとは呼ばせない」と反論。パスタ1つにも政治家が介入して来るのがイタリアだが、食に関しては徹底的な原理主義者がいまも幅を利かせている。もともとはローマ帝国崩壊以降小国分裂の時代が1500年も続いたことから、イタリアという国は地方ごとの個性が非常に強い。その代表例が郷土料理でありパスタである。

アマトリチャーナにニンニクを入れるべきか否か、その論争の中心となったスターシェフ、カルロ・クラッコ

一見、諸外国の食文化を受け入れて変容してきた日本とは食に関して対極にあるかのように見えるが、ボットゥーラはじめ多くの料理人は日本人とWASHOKUに対して興味とリスペクト、そしてさらなる探究心を抱いている。2015年ミラノに訪れたWASHOKUラッシュがどのような形で今後進化していくのか?イタリア人のアイデンティティであるパスタのメニューに「ラーメン」が登場するのも、もしかしたらそう遠くないかもしれない。

池田匡克さん

  池田匡克さん

イタリア国立ジャーナリスト協会会員、フォトジャーナリスト。出版社勤務の後、独立し渡伊、1998年より現在フィレンツェ在住。イタリア料理の最前線を写真と文章でルポルタージュする。主な著書に『イタリアの老舗料理店』『シチリア美食の王国へ』など多数。

Photo&Text池田匡克
※こちらの記事は2016年2月20日発行『メトロミニッツ』No.160掲載された情報です。

更新: 2017年5月15日

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