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心に響く「時代」や「暮らし」
|100年後まで残したい料理本[4]|

100年後まで残したい料理本
〔歌人〕穂村弘さん

様々な方に「100年後まで残したい料理本」をお聞きしてきました。そもそも「料理本」とは曖昧な言葉ですが、「料理が素敵に描かれている本であり、時代、個人の嗜好・ライフスタイルなどが『料理』を通じて伝わってきたり、『料理』の存在が作品の味付けになっている本のこと」。そんな風に言うことにしました。例えば“主婦のバイブル”と呼ばれたレシピ本、食通の作家による随筆もアリです。時代を切り取り、人生を写し出し、読み手の暮らしにヒントをもたらすことは、「料理本」ならではの可能性。人々の心に響く、価値ある「料理本」を広い価値観で集めてみれば、見えてくる何かがきっとある。そして、やがて「料理本大賞」みたいな評価軸が生まれるなど、1ジャンルとして「料理本」がさらに育っていったら面白いと思うのです。

〔歌人〕 穂村弘さん

[写真の場所]カフェオーケストラ
チャイとスパイスカリーの店。「マサラチャイ」(580円)はスパイシーな味わいで、やみつき必至。人気メニュー「ポークビンダルー」(1,100円)はビネガーとスパイスでマリネした豚バラ肉を煮込んだインド・ゴアの伝統料理です。
03・3333・3772 東京都杉並区西荻南2・20・5 恵荘1F 12:00~21:00 月定休

衝撃的な言葉の数々が、狭く凝り固まった世界像を広げてくれる。

穂村さんが100年後に残したいのは、庶民に愛された「100年前の名店リスト」としてのエッセイ。『焼き餃子と名画座』は、平松洋子さんが軽妙な文体で東京の食を綴っています。「 描写がスゴいです。文字によって自分の中にある最高のトンカツの記憶が引き出されてたまらなくなり、その日にトンカツを食べに行くこともありました」 この本からは、これまで持っていた食への価値観が覆されると言います。「 韓国で聞いたという冷麺の話が印象的でした。かみ切らないのが美味しい、口からお腹の中まで麺がずーっと1本で繋がっている感覚が麺好きにはたまらないのだと。そんな価値観があるのかと衝撃でしたね。平松さんは言葉を使って、狭く凝り固まった僕たちの世界像を拡張してくれるんです」『 世の中で一番おいしいのはつまみ食いである』も、平松さんが「手」にまつわる料理の言葉を集めたエッセイ。「 手で折る、すくう、ちぎるといった方が、料理が良くなるという主張に驚きます。例えば、大豆を潰すときは親指と薬指を使う。薬指はいちばん力が入らないからですね。その指の組み合わせは日常の動作ではまずないから衝撃でした。力が入るほうが効率がいい、道具の方が便利という価値観が完全に覆されます。ぎゅっと握るのではなく、ふんわり結ぶ。むしる、分ける、ちぎる、ほぐすは全部違うという。この本の翻訳はきっと難しいでしょうね」 料理を普段はしないという穂村さん。この本では手を使った料理が美味しいという以上のことが語られていると言います。「 僕たちは粘土をこねるとか、手触りがいいものに触れることを経験で知っているけれど、手を通じたある種の官能性についても書かれている本なので、不思議な感覚があります。本の最後には、手という単語を使った多くの熟語が収録されていますよね。われわれの世界から消えつつある所作について、平松さんは自覚的にこの本をつくっていると思うんです」

SELECTED BOOKS

平松洋子・著 アスペクト・刊 1,836円

焼き餃子と名画座

カレーにみつ豆、肉豆腐に水餃子。平松さんをガイド役に東京の名店を訪ねる気分を存分に味わえます。昼どき、小昼、薄暮、灯ともし頃といった時間帯ごとに章立てがなされているのも楽しい

平松洋子・著 文春文庫 680円

世の中で一番おいしいのはつまみ食いである

手を使って料理する快楽がテーマ。ちぎる、割く、むしるなど、36の動作をひもとくエッセイとレシピで紹介。さらに巻末には「手を読む」と題して手にまつわる用語集も収録

〔歌人〕 穂村弘さん

〔歌人〕 穂村弘さん

1962年札幌市生まれ。歌集『シンジケート』でデビュー。著書に、歌集『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(小学館文庫)、短歌評論『短歌の友人』(河出文庫)、エッセイ『君がいない夜のごはん』(NHK出版)など

Photo 佐藤航嗣(TRON)Text 神吉弘邦
※こちらの記事は2014年9月20日発行『メトロミニッツ』No.143に掲載された情報です。

更新: 2017年3月29日

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