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心に響く「時代」や「暮らし」
|100年後まで残したい料理本[1]|

17人の100年後まで残したい料理本 Part1

まず、はじめに話をお聞きした17人は、仕事もライフスタイルもそれぞれ 全く異なります。しかし、「料理好き」(食べるのが好きも含む)または「読書好き」な方々です。そして、各自の価値観で、答えていただきました!「あなたにとって、100年後まで残し たい料理本は何ですか?」

01〔ライター〕石井ゆかりさん

江戸前つり師  釣ってから食べるまで 三遊亭金馬・著  [品切れ・重版未定]

タイトル通り、釣りと料理の本。高座を休むと客が「また金馬の釣りか」と言ったほど、釣り好きで知られた三代目三遊亭金馬の作だ。私のように釣りに興味がない人間にも、この本は文句なしに面白い。先代金馬らしい流れるような言葉のリズム、博学でサービス精神に溢れる文面が、読み手を全く飽きさせない。「釣りたてのアユの腹を裂き、塩をぱらぱらとふって、そのワタだけ口に含み、それを肴に冷や酒をのむ。そのアユの香りは五、六日たっても口の中に残っている」。私はアルコール好きなのだが、なぜか日本酒は飲めなかった。しかし、金歯のこのフレーズに出合い、妄想を喚起された結果、猪口に3〜4杯はいけるようになった。食で大切なのは味や香り、食感ばかりではない。私たちは体で食べるのと同じくらい、頭、即ちイマジネーションを通して「食べて」いるのだ。

ロマネ・コンティ・一九三五年 開高健・著 文春文庫

開高健の短編集。中でも「貝塚をつくる」が私には特に印象が強い。舞台はベトナムの南部で、主人公は中国人の富豪と「男の釣り」に出かけ、野外で釣った魚を振る舞われる。富豪は料理用具と調味料を無人島に持ち込み、自ら精巧を極める技で魚を捌き、料理した上で、釣り仲間に振る舞う。「ときにはほのかに酒の香りがそえてあったりするその白い、脆い魚肉の気品ある端麗さに私は思わず声を上げる」。貪婪な趣味人であるこの中国人富豪は、鋭い眼差しでドリアンを吟味する。夜の海上でそれを食べる「官能」が、鮮やかに描き出される。ベトナムには私自身何度か行ったが、「ニョク・マム」としてこの作品にも頻出する魚醤と、様々な香草の香りが湿気の強い温気に満ちていて、空港に降りたつと同時にその香りに包まれる。あの濃密な温気が、この本のページを開くとたちのぼってくる気がする。私たちは、味覚など誰にも備わったものだと思っている。でも、本当の感覚は、意識によって探り当てなければならないし、その感覚を研ぎ澄まし、充たすためには知識も苦労も行動力も必要なのだ。ただ舌で味わうだけでなく、食べているという時空全体を、体全体で経験するということの可能性を、開高健の作品は教えてくれる。といって、それは単純な官能礼讃ではない。ドリアンに忘我した夜が明けて、主人公は歎息する。「翌朝になってそれをふりかえり、官能は一つのきびしい知性にほかならないのだと、さとらされるのだ」

〔ライター〕石井ゆかりさん
星占いの記事やエッセイなどを執筆。120万部超のベストセラーとなった2010年刊行の『12星座シリーズ』(WAVE出版)ほか著作が多数ある。9月30日には『星ダイアリー2015』を発売予定

02 〔作家・マンガ家〕 小林エリカさん

クレヨン王国 月のたまご シリーズ 福永令三・著 三木由記子・絵 講談社青い鳥文庫

ゴールデン国王、シルバー王妃、12色のクレヨンが12の月をそれぞれ治める「クレヨン王国」。わけても「月のたまご」をめぐり繰り広げられる愛と冒険のこのシリーズは名作で、その根底は実は原爆の話にも繫がっています。私はこの作品を通じて、野の草花の名前を1つひとつ知り、戦争とは、平和とは、愛とは何だろうと、子どもながらに夢中で探そうとした気持ちがします。こんなにもユーモラスに切実に、生きる(食べる)こと死ぬことに斬り込んだ本は、子ども向けの本だけに限らずとも存在しないのでは。そもそもブタのストンストン、オンドリのアラエッサという、食べられそうになって逃げ出し家出した2人(2匹?)が登場人物(動物?)なのだから。登場人物の美人姉妹が作る長い長いスパゲティとか、キラップ女史のクリームソーダとか、忘れられない料理がたくさんありました。

土を喰う日々―わが精進十二ヵ月 水上 勉・著 新潮文庫

幼い頃から京都の禅寺で暮らし、後に作家になった水上勉による、12ヶ月折々の土、自然、食べ物、日々のことを記したエッセイ。とはいえ単に料理のことが書いてあるだけでは毛頭なく、梅干しから時を越えて死んでもなお生き続ける存在そのものが描き出されたりするその文章の名料理ぶりには、おもわず嘆息します。子どもの頃どうしたわけか大人向けのこの本をなぜか手に取り、あまりに深く感動してファンレターをしたためたことがありました(そうしたらなんと、ご著書『ブンナよ、木からおりてこい』とお返事をいただいた!)。そのせいか未だ、梅干しを食べることは、何かを食べるということは、時空を越える行為そのものなのだと、私は考えているようです。

Photo kasane nogawa

〔作家・マンガ家〕小林エリカさん
2014年、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)が第27回三島由紀夫賞候補、第151回芥川龍之介賞候補。また、現在“放射能”の歴史をたどるコミック『光の子ども』をリトルモアwebにて連載中

03 〔エッセイスト〕 森下典子さん

貧乏サヴァラン 森茉莉・著 ちくま文庫

森鴎外の長女・森茉莉は、50歳にして作家活動をスタートさせました。「贅沢」を好み、家事はまるきりダメだった茉莉の、ただ1つの例外は料理。彼女の小説やエッセイの中には随所に食の話が出てきて、作るだけではなく食べることへの執着も強い人ということがわかります。『貧乏サヴァラン』の中にもある食べ物や料理の微細な表現には、思わず引き込まれます。読んでいると、卵やバタァ(バターじゃなくて、バタァなんですよ)の香りがしてきます。なお、書名の「サヴァラン」とは、19世紀のフランスで、食通として名を馳せたブリア・サヴァランから取ったもの。貧乏だけど、食へのこだわりだけはブリア・サヴァラン級という。

〔エッセイスト〕森下典子さん
著書『いとしいたべもの』は、文とイラストで「可笑しくて、ちょっと泣ける、味の記憶」を綴った食エッセイ。とはいえ、これまで料理は不得手だったそうだが、最近、50歳を過ぎて料理人生をスタートさせた

04 〔翻訳家・エッセイスト・文芸評論家〕 鴻巣友季子さん

Fictitious Dishes (架空の食卓) Dinah Fried 写真・著 [洋書]

『ニューヨークタイムズ』の記事で存在を知り、『百年の孤独』『白鯨』『赤毛のアン』『風と共に去りぬ』『灯台へ』など、私の愛読書や翻訳を手掛けている作品が並んでいて夢中になりました。世界の古典名作に登場する名・迷料理を写真とともに紹介しているユニークな料理本で、名作のすばらしさを100年後に伝える意味でもぜひ残したい1冊です。著者は、今、ニューヨークで最も注目されるアートデザイナーで、テーブルセッティングの専門家でもあります。左ページに名場面の引用文と、豆知識になる楽しい脚注(例えば、『赤毛のアン』は特に日本できわめて人気が高く、ファンの女性は結婚式でアンのような赤毛のかつらをしばしばかぶります」などと、アメリカから見た日本が書かれていて、時には笑えるものも)、右ページに画像が載っているので、まずは写真だけ見て、何の作品か当てるゲームをしても楽しいです。料理を覚えたての10歳の娘と折に触れてページを繰っていますが、珠玉の写真集でもあるので、普段はキャビネットの飾り棚に置いています。

明治時代に新聞連載され、日本中を熱狂させた大ベストセラーの料理本です。いえ、正確に言えば小説なのですが、主役は物語に盛り込まれた料理とその作り方。「鶏のフルカセー(フリカッセ)」「米のプデン(ライス・プディング)」「ハム飯」「イチゴ酒」など、当時、最もヒップだったレシピが六百数十種類も! 今、流行りの『食育』という言葉も最近の造語かと思っていましたが、著者の弦斎さんがゆうに百年余り前から使っていたのに驚かされました。岩波文庫版には、附録として「パン料理百選」や「病人用の食物調理法」などの欄外レシピも収録され、索引も充実しているので実用できます。近代日本が始まる頃の文化を知る上でも残したい1冊ですね。

食道楽 上・下 村井弦斎・著 岩波文庫

〔翻訳家・エッセイスト・文芸評論家〕鴻巣友季子さん
訳書はノーベル文学賞作家ジョン・クッツェー『恥辱』、ブロンテ新訳『嵐が丘』ほか多数。著書には『熟成する物語たち』(新潮社)など。目下『風と共に去りぬ』の新訳に取り組み中

05 〔写真家〕 日置武晴さん

パリの居酒屋(びすとろ) 辻静雄・著 [品切れ・重版未定]

辻調理師専門学校の創設者・辻静雄が、1960年〜70年代の当時のパリのビストロを紹介した本。表紙の絵はフランスに造詣が深い画家、佐野繁次郎さんによるもの。ビストロとは、「パリの安くておいしい店、いわゆる一ぜん飯屋というか大衆食堂、それも日本式の大きい店じゃなくて、みんな三十人もはいったらいっぱいになっちゃうという店が多いのですけれども、そういう店のことを、フランスではビストロと呼びます」(本書引用)。街の人々が集うビストロは、パリの文化の1つ。今、読んでもわくわくしますし、100年後、例えばパリの食文化に興味のある人が読んだら、きっとかなりドキドキすると思います。

〔写真家〕日置武晴さん
料理研究家たちとの親交が深く、数々の料理本の撮影を手がける。福田里香『果物を愉しむ100の方法 ―お菓子とリキュールと保存食』(柴田書店)、米沢亜衣『イタリア料理の本』(アノニマ・スタジオ)など

06 〔写真家〕 大手仁志さん

檀流クッキング 檀一雄・著 中公文庫BIBLIO

ごくごく普通の家庭料理の指南書(全92の料理が紹介されている)。調味料などの分量数値が一切無いのでレシピ本とは言えないかもしれないが、何より男料理っぽさが素晴らしい。過去に最終メニューの「ビーフシチュー」が無性に食べたくなり、2日がかりで調理したが絶品だった。初版からすでに40年以上経っているが、今でも時々試したくなるレシピはまさに100年後まで残したい料理本。

魯山人が自ら手がけた唯一の料理エッセイ集。最近手にした本だが、魯山人の食に対する姿勢に改めて驚嘆した。仕事柄、五感で感じる美味しさを常に意識しているが、食に対する五感満足が食道楽ならずとも普段の食生活にも活かせると思い、ぜひとも推薦したい1冊。

〔写真家〕大手仁志さん
「食」の撮影を専門とするスタジオhue代表取締役。仕事をする上で、食材や料理がもつ生命力を切り取り、表現することが食のフォトグラファーの使命だと考えている。数多くの広告賞を受賞

07 〔古書店店主〕 森岡督行さん

文士の料理店 嵐山光三郎・著 新潮文庫

夏目漱石、川端康成、高村光太郎、吉行淳之介など名だたる文士たちが通ったお店を取材し、好んで食べた料理を紹介しています。読んだ後に、文士が通った食処を実際に訪ねてみると、老舗の味を堪能できただけでなく、何だか自分自身が明治や昭和に戻った感覚に陥りました。きっと100年後の人も、読めば同じ身体体験を享受できるはず。老舗の味は、恐らく変らないと思うからです。そして、同じ味を味わった文士の作品も読みたくなるのではないでしょうか。

帝国ホテルの不思議 村松友視・著 文春文庫

帝国ホテルのレストラン、バー、調理場、宴会場など、食に関わる現場で働く人の仕事に対する真摯な姿勢が聞き書き調で記されている、人柄に焦点を当てた作品。高い敷居を跨いでその味を味わうだけでなく、その人に接したくなります。結局のところ、その人自身が料理に出るのかもしれません。100年後もきっと帝国ホテルは日比谷に鎮座していて、そこで働く人の仕事も伝承されているはずです。

〔古書店店主〕森岡督行さん
茅場町の運河沿いに建つ、昭和2年築のビルで古書店「森岡書店」を営む傍ら、執筆も。著書は『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)など

08 〔書店店主〕 樽本樹廣さん

檀流クッキング 檀一雄・著 [品切れ・重版未定]

1970年刊の初版本には、文庫本にはない、作家・檀一雄自身が料理している様子を写した貴重な写真が掲載されている。「薄塩をする。少し、生ぶどう酒や酒などを加えれば、もっといいにきまっている。ほんの一つまみ、サフランを入れてもよいが、なに、塩コショウとお酒だけでも結構だろう」。全篇、こんな調子で適当だ。働いている人にとって、時間をとって料理をすることはなかなか難しい。かと言って、雑な食事は嫌だ。おいしいものを食べたい。そんな時、これくらい楽にできたら嬉しい。レシピの再現を目指すのではなく、自分流のレシピを楽しみたいと思える1冊。

料理=高山なおみ 高山なおみ・著 リトルモア・刊

日々の暮らしが綴られた読み物(エッセイ)とレシピが並ぶ構成なのだが、よく見れば、読み物の方もそのまま作れるレシピになっている。これほど著者の人物像が出ている料理本はないと思う。読んでいると、ほんわりとした、高山さんの声が聴こえてくるようだ。本の表紙は赤い背景に白いお皿に載ったオムレツで、真ん中に多めのケチャップ。血の色のようにも思え、まるで高山さんに、料理という血が流れているよう。

〔書店店主〕樽本樹廣さん
吉祥寺で「OLD/NEW SELECTBOOKSHOP 百年」という本屋を営む。新刊、古書、いずれも扱うが、「百年」の魅力は何といってもセレクト力。その他、作品の展示やトークイベントなども多数開催している

Text メトロミニッツ編集部
※こちらの記事は2014年9月20日発行『メトロミニッツ』No.143に掲載された情報です。

更新: 2017年3月8日

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